先日、うちの息子が学校の道徳の授業で学んだことを目を潤ませながら話していたのですが、ぜひ私にもその本を読んで欲しいと言われて読んだのですが、涙なしには読めない本で、家族でしばらくこの本の内容をじっくり話し合いました。


この本に掲載されている内容は、柳橋佐江子さんという、当時中学2年生の14歳の女の子が、平成元年2月7日に単心室症という先天性の心臓の病気で三度目の手術をする三日前にお母さんに宛てて書いた手紙でした。


私たちの家族にも、元気で産まれてくるはずだったお腹の子は、心臓疾患の可能性が高く、お腹の中で死んでしまったこともあり、息子は産まれてくるはずだった妹「美ら(ちゅら)」に思いが重なったと、誰よりも特別な感情を感じながら読んだようです。



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三百六十五×十四回分のありがとう


                        柳橋 佐江子


お母さんへ


お母さん、いよいよ三日後には手術だね。

手術を目の前にして、お母さんに言いたいことは、ただひとつ。

「十四年間、私を育ててくれてありがとう」


心臓病を持って生まれた私を、十四年間、必死になって育ててくれてありがとう。

プールに入れないと、泣いて口惜しがった私を、ひざの上に乗せて、「世の中には、もっともっと大変な人がいるんだよ」と、何度も何度も言い聞かせてくれたお母さん。


小学校の遠足では、「お母さんは、佐江子の足だよ」って言いながら、私をおぶって、一緒について来てくれたけど、私はとっても嫌だった。


ずっと、自転車で学校に送り迎えをしてもらっていた私も、大きくなって、自転車の後ろに乗れなくなったからと、車の免許までとったお母さん。


四十一歳で、ちょっとおっちょこちょいのお母さんが、免許をとれたなんて、今でも信じられないよ。


去年の五月の宿泊学習の時は、担任の先生や校長先生に、一生懸命頭を下げて、「どうか、一泊だけでも行かせてやって下さい」って頼んで回ってくれたっけ。


いつもお風呂から出て、お母さんと一緒に飲むアイス・コーヒーは、この世で一番おいしいコーヒーです。

いろんなことをしゃべって、ゲラゲラ笑い合って…。


一日も早く退院して、また一緒にコーヒーを飲みたいな。


辛くて、涙が止まらない時、黙って私の手を握ってくれるお母さんの手は、とってもあったかい。

辛い事が、雪のように、どんどん溶けてゆくみたい。


十四歳になって、甘ったれだと思われるかもしれないけれど、私はお母さんのあったかい手が大好きです。


「おやすみ」と言い合って、布団に入る時の、お母さんの口癖。


「いい夢見なさい」


「別に、好きで悪い夢を見るわけじゃないのに……。いい夢なんて、見ようと思って見られるものじゃない。変なの」ってずっと思っていた。


でも、入院する前の晩、ハッと思ったの。


「いい夢見なさい」は、「悪い事ばっかり考えて、メソメソしないで、いい方へ、いい方へと考えなさい」

「明日もいい事があるといいね」っていう事だったんだね。


今、それに気付いて、私も、将来子供が生まれたら、夜、「いい夢見なさい」と言ってあげたいなと思います。


毎日、私のカバンを持って、教室まで送ってきてくれるお母さん。

朝、全然知らない生徒にでも、「お早うございます!」と大きい声で挨拶してさ。


「そんな事したら、余計目立って恥ずかしいじゃない」って、すごーくすごーく嫌だったけど、今は違います。


お母さんのそんな姿を見て育ったから、私はいつでも堂々と、胸を張って歩けるようになりました。


私は病気だけど、いっつも送り迎えをしてもらっているけど、別にいいじゃない。

私は何も悪い事はしていないんだから。

そうだよね、お母さん?


だから、今の私はとっても幸せです。


登校すると、いくらお母さんが脇にいたって、「佐江ちゃん、お早う!」と声をかけてくれる友達がいます。


休み時間に、一緒にワイワイ騒いでくれる友達がいます。


私のために、涙を流してくれる先生がいます。


堂々と、しっかり胸を張って、明るく生きることで、私はこんなに幸せになれました。


みんなみんな、お母さんのおかげです。


ありがとう。


「お母さんなんか、私の気持ち、全然わかってない!」そう思ったことが、何度あっただろう。


でも、ほんとうはお母さん、私の気持ち分かりすぎるくらい、分かっているんだよね。


お母さんも、私と同じくらいの辛さを味わっている、手術の日が決まってから、何となく落ち着かず、私に、「がんばれ!」を連発していたお母さんを見て、はっきりそう思いました。


私が辛くて、口惜しくて、泣きたくなる時お母さんもやっぱり、涙を流すまいと頑張っている。


私が手術を目の前にして、ちょっぴりドキドキしている時、お母さんは、私以上に頑張っているんだよね。


小学校入学以来、初めて、親の付き添いなしで行けた中学一年生の遠足では、お母さんもすごく喜んで、うれし涙をポロポロ流していたっけね。


「夫婦は一心同体」と、よく言うけれど、私達は親子で一心同体だよ。


私はこの頃、病院で一人さみしくなると、「お母さんもさみしいんだ。がんばれ、がんばれ」って、自分に言い聞かせてるんだ。


私が辛い時は、お母さんも同じように辛い。

だから私は、「手術、がんばってくるからね」ではなくて、「手術、頑張ろうね」と言いたいのです。


私の手術、十五時間ぐらいかかるって聞いたけど、私は大丈夫だからね、この手術が済めば、私もみんなと同じ、健康な体になれるんだもん。


私もしっかり頑張るから、お母さんも頑張ってね。


最後にもう一度。


十四年間、笑顔と根性で私を育ててくれて、本当にありがとう。


今、三六五×十四回分の「ありがとう」を言いたい気分です。


これからも、もうしばらくは、お世話になるだろうけど、よろしくね。


その代わり、お母さんがおばあちゃんになったらたっぷりめんどう見るからね!


手術、がんばろうね。


佐江子


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14歳とも思えないしっかりとした文面でとても家族の絆の強さを感じる手紙でした。

日頃、感謝する気持ちを忘れがちな私たちに強く語りかけるメッセージのように思えました。


家族の一人が苦しいとき、その本人だけが苦しいんじゃないんですよね。

家族の一人が頑張っているとき、その本人だけが頑張っているんじゃないんですよね。

家族全員が頑張っているんですよね。


佐江子さんの言うように、親子、家族は一心同体だから、辛く苦しいときは同じように苦しいから、「頑張ってね」じゃなく、「頑張ろうね」って言うのが正しいのでしょうね。



この原稿は、佐江子さんのお母様が佐江子さんに頼まれてPHP研究所刊「PHP」に投稿し、「PHP」平成元年六月号にも掲載されているそうです。


その時、佐江子さんのお母様は、PHPに、次のような手紙を添えて送られたようです。




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前略


突然のお便りおゆるし下さい。


娘、佐江子が天国へと旅立つ前日、手術のための点滴のはじまる寸前、この原稿を清書し、手紙を書き、PHPへ書留速達で出して欲しいと手渡しました。


娘は、単心室という心臓病でした。


今度が三度目の手術でした。十五時間の戦いでした。


どんなにか頑張ったのでしょうに、力つきてしまいました。


明るく「頑張ってくるから、母さんも頑張ってね。頑張ろうね」と言った笑顔は二度と見れなくなりました。


とても明るく伸び伸びと成長してくれました。


本が好きで、文章を書くことが大好きでした。


PHPは小学校六学年の頃より読んでいました。


今となっては遺品となってしまいましたこの原稿は、私達にとっても手渡しがたい作品ですが、娘の意向を思いお送り致します。


誠に勝手なこととは思いますが、後程、原稿を私共にもどしていただけましたならうれしく思います。


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佐江子さんが亡くなられて数年経ち、お母様が佐江子さんに宛てた手紙が教科書に続いて掲載されていました。


そこは、息子の担任の先生が読み上げたそうですが、先生は泣いて声を詰まらせ、なかなか読み進めることができなかったそうです。




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佐江子へ


さえちゃん、おはよう。


お盆が終わってしまったね。


毎朝こうしておそうじするとき、あなたとはいつもおしゃべりしているつもりだけど、お盆の3日間は、ほんとうにさえちゃんがうちに戻ってきているようでお母さんは、いつからか八月が大好きになりました。


もう、何度も何回もお盆がめぐってきました。


お母さんはあれから、たくさんの人の温かい心に支えられ、そしてさえちゃんの文に励まされ、毎日を生きています。




さえちゃん



きっとあなたは知っていると思うけど、あなたには三人の甥と二人の姪がいてみんなあなたのことが大好きです。



さえちゃん



中学2年生のときのあなたの先生とクラスメートたちは、まいとし、まいとし、そして今年も、2月7日にお墓参りに行ってくれました。


その日は、あなたが15時間の手術をがんばった日ですね。


そんな先生とお友だちに、お父さんもお母さんも心から感謝しています。


お盆が終わってしまったね。



あなたが言ってくれた「ありがとう」


いま、お母さんがさえちゃんに言います。




ありがとう、佐江子。




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この手紙に感動し、教えてくれた息子に感謝します。



ありがとう。