語り部アロマが紡ぐ
「水の想い 一滴」聞いて行かれませんか。(2013年8月「雨の記憶 全31雫」の設定)
天界
雷神ユノの館
「ジェジュン。ジェジュンはいるか!」
金の鎧に身を固め、緋色のマントをたなびかせた雷神ユノが、大きな歩幅で館の門を入ってきた。
太刀を受け取りに、恐る恐る側に近づいた召使に
「我が龍神は、どこにいる?すぐさま答えよ」
真っ直ぐな眼差しを向け、問う声は、穏やかながら、明確な返答以外は許さない強い意思が感じられた。
「り、龍神様は、水の間におわします!」
「うむ」
ガチャリと、召使に太刀を預けた雷神ユノは、
金の鎧の胸飾りに手を当て、ふぅと息を吐いた。
金の鎧の細やかな装飾の輪郭がぼやけ、金の霞みを纏う。
次の瞬間、
ばさりと、布を払う音がした。
しなやかで光沢のある、絹の衣の背には、猛々しい虎の刺繍が施され、厚い胸板にそう絹地が形作る曲線は、どこか艶めかしさを漂わせていた。
天帝にお仕えする時の鎧から、部屋着に変えた装いのユノは、
口のはじに笑みを刻みながら、水の間の扉に手をかざした。
水晶の珠が連なる腕輪がキラリと輝きを放つ。
ギ、ギギッ
上が見えぬほどの高さのある扉が開かれる。
流れ降ちる滝の霧散した水滴が、空間に広がっている。
足元に張られた水鏡は、波紋もなく、一枚の漆板の様にそこに存在していた。
水鏡の中央に佇むは
淡い桃色と金の刺繍を施した衣を纏う麗人
柔らかな暗褐色の大きな瞳を、部屋に入ってきたユノに向け、花が綻ぶような笑みをかたちづくる。
「ゆの。僕のユノ。いつも、今も貴方を愛してる」
入ってきた理由を問うでもなく、ただ愛を口にする愛しい人の立ち姿に、しばし見惚れるユノであった。
水鏡の上を滑るように、体をゆったりと回転させた龍神ジェジュンは、ふわりとユノの腕の中に立つ。
長い睫に縁どられた眼差しは、その瞳にユノの顔を映しこむ。
触れずとも柔らかさの分かる赤い花びらのような唇は、ほんのり開けられ、従順さをかもしだしていた。
「我が龍神ジェジュン。今日も、殊の外美しい」
思わず賛辞が零れるほどの美貌をもつ恋人の、白磁のような頬を両手で包み込む。
かぐわしい花にとまるミツバチのように、紅い唇に吸い寄せられ、二人の吐息を混ざり合わせるユノ。
ドウドウと、流れ落ちる滝の音にかき消される、唇の音。艶めかしい吐息。
しばしの時刻を経て、ユノが話始める。
「今日の会議、なぜ来なかった?日本国の未来を決める会議であったのに」
うっとりとユノを見上げていた眼に、きっと力が入る。
「だからだよっ。日本は僕の分身だ。『龍王の涙』から生まれた、たくさんの龍たちが憩う僕の国だ。神々が、会議で未来を決めるなんて!僕、怒ってるんだからねっ」
「龍神たちの、多くはその命を終えた。民も、龍神を畏れる心をもっていない」
「っ。確かに、龍神たちは姿を失ってしまったけど、その想いは確かにそこに存在するんだ!
多くの民が、尊いものを敬う心を忘れてしまったのも事実だ!だが、すべてじゃないっ!ひとりでもふたりでも、水を、自然を大切にしようって思ってくれるのなら、
まだ終わりじゃない!」
ジェジュンの震える肩に手を置き、静かに言葉を紡ぐユノ。
「龍神ジェジュン。『龍王の涙』の力の解放から、もう何万年もの時が経った。充分、愛を注いできたじゃないか」
ユノの手を振り払い、秀麗な眉をひそませるジェジュン。
「だから?壊すの?」
静かに首を振り、ジェジュンに言い聞かせます。
「地球の新陳代謝のひとつだよ。氣が滞れば、ほぐすような、てこ入れは必要なことだ。それが地震や津波だ。知っているだろう」
感情が高ぶって、上半身を前に倒しながらジェジュンが訴える。
「僕は日本が好きだっ。人に対する思いやりがあって、真が強くて、すべてのものに神が宿ると敬う心を持っている。
第2次世界大戦の後、日本人の気質に恐れをなした外国が、その本質を崩すような政策を押し付けたせいで、今、生気のない大人が増えてしまったけど、心の中では、何が大切なのか、ちゃんと分かっているはずなんだ!」
ジェジュンの細い身体を引き上げ、抱きしめるユノ。
「生気のない大人じゃ、子供たちは健やかに成長できない。このままだと未来は・・・」
耳元で囁かれる現実に、ユノの腕の中で身をよじって訴えるジェジュン。
「だからって、大地を壊すの?・・・ダメだよ!本当に大切なものはなにか、わからせなくっちゃ。目を覚まさせなくっちゃいけないんだ!」
ジェジュンと接していた身体を離し、視線が交わせる距離を取った雷神ユノは、一度、深く呼吸する。ユノにつられてジェジュンも深い呼吸を一つした。
真っ直ぐな瞳をジェジュンに向け、表情を作らない顔で問う。
「どうやって?」
しばし、考えるジェジュン。大切に思う日本を守るために、ユノを納得させられる答えが、どうしても必要だった。
「・・・水、・・うん。そうだよ。水の波動だよ。
一滴の水の振動は、落ちた水面の波動をも変える。共振する。
良い波動を声に出して、人に伝えるんだ。お話や、歌や、芸術や、なにか表現するもので、良い波動を出す!ひとりひとりが!
目や耳を塞いで、今のままでいいと頑なな人にも届くように!たとえ塞いでても、体感できるほどの多くの波動が、強い波動が必要なんだ!」
その答えを聞いて、無表情だった顔に、ふっと笑みをのせたユノ。ふっくらした唇が艶やかに輝いた。
「その通りだ。龍神ジェジュン。
神々の会議では、こう決まったんだが、聞くか?」
「雷神ユノ?
どうゆう事?破壊じゃないってこと?えっ。ちゃんと教えて!」
「場所を変えよう。それと、うむ。仲間も必要だな」
雷神ユノが、指をパチンと鳴らすと
続きは1時間後。