語り部アロマが紡ぐ
「天の羽衣 一翔」聞いていかれませんか。
昔、むかしのことでございます。
広大な中国の片田舎、小さな領地を治めるユノという男がおりました。
領主ユノは文武に秀で、見目麗しい美丈夫でありました。
その才を知る者は、皆口を揃えて、
このような片田舎に埋もれず、是非とも都に行くことを勧めたものでした。
ですが、ユノはこう答え、笑うばかりです。
「俺はこの地が好きだ。気候は穏やかで河は悠々と流れている。作物は良く実り災害は少ない。神に愛でられているようなこの地で、日々勉学に励み心身を鍛え、自分を高められることがとても有難いことだと思っている。
たとえ、都に行ったところで身の丈以上の物を高望みしてしまうような慢心に取りつかれるだけではないか。
くわばら。くわばら。あっはっは」
豪快に笑い、長い手足を動かせば手の甲が柱に当たり、膝で飾り棚を蹴り、先代が大切にしていた調度品がゆらゆらとぐらつきました。
「あっ。危ない」
周りの家来は、大柄な殿が動けば、何かしらが壊れそうになるのは日常のことの様で、さっと動き調度品を守ります。
「おや。どうかしたのか?」
わたわたしている家来を見て、きょとんとしているユノ様。
細かいことには気が回らないようでございます。
ですが、そんな欠点など霞んでしまうほどの、魅力に溢れたお方でしたから、
家来たちは笑顔で応えるのでした。
「いいえ。たいしたことではございません」
ある日、隣の国から仰々しい装いをした使者がユノの館にやって来ました。戦の援助の要請でやって来たのです。
使者は用件だけ伝えると、さっさと立ち去っていきました。
討議の間では、殿を囲んで家来の者達が口々に考えを述べます。
「さて、どうしたものですかな」
「隣の国の戦に、なぜ我らが援助せねばならんのだ」
「したが、隣は大国。我が国など相手にもされんほど小さいのだから、強く命ずれば言うことを聞くと思われたのだろう」
「・・・断れば攻められるかの?」
「間違いなくそうなる。残念じゃがな」
家来たちのため息交じりの意見を、黙って聞いていたユノはおもむろに立ち上がった。
家来たちは殿の決断が下るのかと、固唾を呑んで見上げた。
「しばらく、ひとりで考えたい」
ユノの言葉に、さもありなんと皆頷いた。
ユノは、馬で野を駆け、山間の湖まできた。
考え事をするときには、よくここに来るのであった。
高台の平原は見晴らしがよく、吹き抜ける風は爽やかであった。
大岩がいくつか、湖の淵に覆いかぶさるように組み合がり、桜や紅葉が、季節毎に異なる表情を見せる美しい湖であった。
ユノはその中での、一番大きな岩の上に座り、風を感じ、陽の光が織りなす景色の変化を、眺めて過ごすことを好んでいた。
湖に突き出すような岩の先端に座ると、まるで水面に浮いているのではないかと錯覚させた。
照る日に、キラキラと輝きを反射させる水面は、日常から切り離された空間を作り出し、考えに集中できるのであった。
そして、しばしば、よい考えが閃くため、ユノは今日もここに来たのだった。
ユノは湖の大岩に座り考えた。
「俺は戦が嫌いだ。人を殺すための援助なんかできるか!だが、断れば他領主への見せしめのために攻められるだろう。
俺は我が領土領民を守りたい。どうしたものかな」
秀麗な目をひそませ、ぐっと思い悩む様は、男の哀愁を漂わせていた。
「いつも思うけど、悩む姿が様になるって、すごいな。
うわぁ。唇から顎、首のラインがキレイだ。うん。しかも、セクシーだなんて・・・たまんないなぁ」
すぐそばで、低いが、とてもよく通る綺麗な声がした。
「うふん。すっごくかっこいいから、しばらく眺めていよっと」
((どういう事だ。家来が隠れて付いてきたのなら、黙っているはずだ。しかも、こいつは、俺に聞こえていないかのように勝手なことをしゃべっている。家来じゃないな。
じゃあ、誰だ?))
ユノが声のする方を、ばっと向くと、そこには人がいた。
人というべきか?なにしろ胡坐をかいてはいるが、そのすぐ下は水面なのだ。
要は宙に浮いているのだ。
上半身は裸体だが、腰には白く滑らかな質感の布を巻いている。
腕にはふわふわと宙に漂う細長い薄絹を纏わせた男であった。
結構立派な胸板を見て、男とわかったが、
その顔立ちは涼し気な、それでいて美麗な目元、すっきりした鼻筋、紅に染まった唇、
何よりも、自ら光を放っているのではないかと、思わせるほどの白い肌が性別をわからなくしていた。
「お前は・・・誰だ?」
続