語り部アロマが紡ぐ

「桜夢 第五夜」聞いていかれませんか?

 

家族から切り離され、屋敷の離れでひとり死を待つ母。

 

離れから、お膳を下げてきた下女が台所で仲間に話しかけます。

 

「このごろはほとんど箸をつけられません。

お声をかければ、障子の向こうからお返事がいただけるのが生きている証でございます。

痩せたお体に、

この寒さは身にしみましょう。おいたわしいことでございます」

 

下女たちの会話を聞いてしまったゆのは、いてもたってもいられず、

近寄ることを禁じられていた離れに、赴くことを決めました。

 

 

夜半。

雪が薄く積もっている地面に、草履の足跡が、母屋から離れへ続きます。

 

離れの障子に、声を掛けます。

「母上。母上。起きておいででしょうか?ゆのでございます。

どうか、お声を聞かせてはいただけませぬか?」

 

しばらく、何の音もしない時間が過ぎていきました。

ゆのの肩に、うすく雪が積もります。

 

「母上。ゆのです。お顔をみとうございます」

切ない、搾り出すような我が子の願いに、息を潜めていた母君の嗚咽が洩れます。

 

「っ・・。なぜ来たのですか。そなたは跡取り。大事なお身体です。

すぐにお戻りをっ・・ぐっ。ごほっ、がほっ。っ・・」

 

「母上!」

禁を破り、障子を開け母の元に駆け寄るゆの。

 

雪明りの中、久しぶりに見た母は、小さく痩せて、口元に血の泡がついています。

目元のきりっとした、凛々しい美人であった面影はいずこへ、

ただただ、痛々しいばかりのお姿でした。

 

「ごほっ。いけません。・・出なさい。・・ゆのや。

愛しい息子。

 

ああ、本当は逢いたかった。

・・もう・・最期のようです。

そなたの暖かな腕に抱かれて、母は嬉しい・・。

 

ちゃみなを、

鷹司家を頼みます・・・」

浅く速い呼吸と深く大きな呼吸を繰り返し、やがて母の息が止まりました。

 

冷たくなっていく母の身体を床に横たえ、手を組ませ、顔の汚れをふき取り、朝が来るまで、傍らで見守るゆの。

 

家族の看取りに、ふさわしい行いでありましたが、

 

恐ろしい病魔は、ゆのの身体に入り込んでしまったのでございます。