去年の自分が何をしてたか手帳を見返してた。
やりたくないことをやらないといけなかったのが辛かった。
専門職で入った仕事。
その仕事につけたことが最初はとても嬉しかった。
でも、思ってたのと違った。
専門職で入ったのに、
いつの間にか名目が総合職になってた。
社内の雰囲気も悪いことに気づいた。
社長の指示は絶対だということ。
しなければ、機嫌が悪くなり罵声が飛んでくる。
それがとてつもなくストレスだった。
自分に飛んでくるのは構わなかったけど、
自分が機嫌悪くしたのに違う人にストレスの矛先が向かうのが嫌だった。
だから、極力怒らせないように、大丈夫じゃないことも大丈夫です、出来ないこともやります、言ってることよくわかんないけどわかりました、というのが自分botになった。
そしたら今度は、営業先からのクレーム、欠員埋め合わせに入ることが多くなった。現場に入れば、何してるかと聞かれることが多かった。言ったところでと思うところがあって、全ては言わなかった。言うだけで悲しかった。周りの優しさがその時は素直に受け取れるほど余裕がなかった。ごめんなさい。
仕事終わりからの社長からの電話。
正直だるかった。話しても伝わらない。
伝えたところで怒られる。嫌だった。
現場から会社に戻らないと行けなかったのも嫌だった。朝5時半に現場に向かって、現場作業が終わるのが12時半。そこから会社に戻って、事務作業。私、なにしてんのかと思ってた。
会社でとった電話。
社長が怒ってる、機嫌が悪い。
今すぐ電話切りたい。手が震える。
案の定怒られた。ほらね。だから嫌だった。
「そんなふうに言葉に詰まってどもるから、入札落ちたんだろうが! 」ガチャ。
転職した今も忘れない罵声。
その日は放心。知らんがな。
その後の社長会社戻り。
第一声、「○○、さっきはごめんね。言いすぎた。」
考えるのだるいから建前で返す私。
「大丈夫です。私も至らない部分があったので。すみませんでした。」
本音。顔みたくない、早く帰りたい。
出先での扱いも悲しかった。
「○○さん、こっちに○○と○○もってきてもらえませんか?」
「○○さん、こっちに用事ないですか?○○を会社に持っていって欲しくて」
最初は、忙しいから手伝わなきゃって思ってた。
けど、それはあなたには見えてないんだね。
自分で持っていきなよ。
自分で会社行きなよ。
そう思ってたら、ただその人が会社に顔出したくないだけって聞いた時は、もういいやってなった。
今でも忘れない記憶。
今だから言える記憶。
思い出したくない悲しい記憶。