从2月9号 到15号・・・・その7
2月14号・・・あやうし・・・・・
確か・・・その7・・・は書いたのに、私の7はどこへ行ったの?
もう一度前後するが、書くことにする。
入院生活も一週間近くなるとあれこれ不足のものを買いたくなる。
病院付近は店もない。300m範囲にコンビニがあるのみ。
町の中心部の空洞化はすさまじく、ドーナツ化現象が見られる。
苫小牧南口は丸井今井デパートの撤退、ダイエの縮小のダブルパンチである。
細長い町だから、東部に大型店が出来ている。
王子の町だから、駅前近くに王子のスケートリンクがある。
苫小牧はスケートで有名な町なのだ。
つまり、道路(歩道)はバリバリに凍っている。
ホーマック、ツルハ、マックスバリュなど札幌と同じ商品陳列なので買い易い。
ツルハで買い物して店を出たところで・・・・・・・・・
気が付けば、王子病院の救急センターのベッドの 上に寝ていた。
頭部のCT写真もある・・・・・・
転倒して頭を打ったらしい。
転ぶことはあっても、その時の記憶はあるのだが、今回は全然記憶がないのである。
やばい・・・・
骨折なし、危うし、苫小牧で夫婦そろって枕を並べて討ち死にというところでした。
从2月9号 到15号・・・・その8
2月15号 一週間ぶりにシャバへ・・・・・・
昨日は長男が心配して、「ホテルに泊まるよう」言っていたが、
病院の方が何かあっても安心と思い、主人の側でいつもと同じように寝た。
頭は大丈夫だった。ほっ・・・・
容態が落ち着くのは、やはり一週間はかかると実感した。
この間不全だった内臓の検査がいろいろあり、主人は大変だった。
腸カメラを検査では2Lもの下剤を飲み、それでも出なくて、お湯を入れられたらしい。
ベッド→ストレッチャー→検査台→ストレッチャー→ベッド
4回の移動に痛くて涙が出たそうだ。うるうる・・・・
一週間ぶりに家に帰ることにする。
水曜日で中国語の勉強の日なので、途中長都(千歳より一駅札幌より)へ。
特別に焦老師の自宅で先日の餃子つくりの復習と集まりがあった。
焦老師和同学イ門 做中国菜。
真好吃!!
一週間ぶりに手足を伸ばして、寝た。
从2月9号 到15号・・・・その6
苫小牧という市
苫小牧は北海道で人口が増えている数少ない市です。
20万というほどよい人口で、最近はトヨタなど自動車関連産業が盛んになっています。
町の中心部はどこも同じように衰退が激しく、丸井今井(北海道の大きなデパート)の撤退や
ダイエも縮小しているとか。
ドーナツ現象で、都心部から離れたところにイオンが出来ていました。
病院の周りには店も見当たりません。
市民病院も老朽化進み、あちこち雨漏りのあとや窓にも隙間があります。
今秋支笏湖方面の新築に移る予定です。
病院が移るとますます空洞化する・・・とご近所からの入院患者さんが嘆いていました。
そんな暗い話はよして・・・・・・私の大好きなところはサンガーデンです。
植物園(温室)と図書館が一体となった建物です。
椿が温室で咲いていました。本州ではどこにでもある椿ですが、当地では温室でしか見られません。
从2月9号 到15号・・・・その4
2月11号たぶん(記憶が不確か)
病棟の休憩所(TVがあり、長いすがあり、病室以外でくつろげるのはここだけ)に
お知り合いのような方が礼をしてくださる。
すぐにご近所の中野さんのご主人様とわかった。
ちょうど苫小牧市民病院にお仕事があり、朝奥さんから見舞いに行くよう頼まれたとのこと。
中野さんは私のパソコンの生徒さん(?)、パソコン仲間です。
何も連絡してなかったけれど、ご近所から聞かれたとのこと。
「有り難いです」 これからの老後は、ご近所と仲良く暮らさねば・・・・・とこれまで以上に感じたことです。
ご近所で普段着のご主人は時折お見受けすることはあっても、
ぱりっと背広を着たお姿はちらっとお見受けしたことがあっただけ。
男の方はやっぱり、仕事している姿がステキです。
主人はこの時はまだまだ面会できる状態でなく、失礼してしまった。
从2月9号 到15号・・・・その3
主人の転職を機に広島県から13年前に北海道に移り住んだ。
いろいろな事情から、札幌から苫小牧(苫東工業団地)に通勤することになった。
冬場は自動車事故が一番心配だった。
本人も一番その危険を知っていたし、注意もしていたが・・・・・・
自損事故もあるが、相手がある事故もある。
相手の方が高齢ドライバーだったことも不幸だった。
しかし、双方とも死亡という最悪のシナリオを免れたのは、よかった。
早い回復を祈るのみ。






