すみません、ツイッターを始めてからここのことを忘れてたw

今回はちょっとツイッターに書くには長すぎることをふと思い出したので、ここに書きます。

日本人は伝統的に表拍の曲が体に染み付いてるから、裏拍は苦手だと言われている。でも今は、伝統音楽ばかり聞かされて育った人なんてほとんどいないだろうから、染み付いていることはないと思う。
ライブでも観客は裏で打ってるドラムに合わせてリズムを取るし、
ヲタ芸を打つんでも、AメロはOADで裏を取るっていう共通の認識があるはずだった。
でも去年行ったライブで、一度だけ、曲を通して全部表で手拍子を打ったことがあった。
それは去年の10月のモモーイのライブの東京公演でのこと。
アンコールを待つ間に会場に曲が流された。
曲名は、『め・あ・り・ひ・と』この曲はセトリにも入ってて生でも歌われたんだけど、CDに入ってる方は声にエフェクトがかけられてたから、ここで流したんだと思う。
本来なら自分たちはアンコールのコールをしながら待つところだったので、これは不意うちだった。
そんな不意打ちの曲に対し、自分たちは、…ただ手拍子をした。
サビは確かに表で取るのだが、サビが終わりAメロに入っても大半のひとがPPPHをするBメロになっても、本来手拍子をしないはずのCメロでさえ、表打の手拍子が続き、結局自分は表拍手拍子で一曲通した。
そこで思い出したのは、元おにゃん子のゆうゆさんの『-3℃』の動画。
自分はうしろゆびさされ組が解散した頃の生まれなので、彼女のことはよく知らないのだが、
Youtubeでライブを見たことがあった。
テレビの音楽番組の映像だったのだが、
気になったのはそのファンと思われる観客が、みんな表で手拍子をしているのだ。
統制もなにもされていない現場。だが、確実に伝わってくるのはその異常なまでのテンションの高さだった!
自分はそれを思いだし、そして思った。
人間、もとい少なくとも日本人はテンションが上がると自然と表拍打をするのだ!
確かに、この時手拍子をするごとに会場のボルテージがどんどん上がっていくのを肌で感じた。
これは恐らくいくらOADで腰を捻ろうが、辿り着けない表拍の持つ魔力だと思った。


とまあ際限ないのでこんなとこで。
なんかツイッターはスペースがなくて省略になるけど、
ブログは時間がなくて省略することになりそうだな。
ではまた気が向いたら来ます。
「復活」っていったらあれたよね。カチューシャ。

まあそれはどうでもよくて、
実は携帯が半月ほど止められてました。
貴重な体験だったよ。
色々勉強になったし。
以下列挙
・1ヶ月滞納で止められる
・さらに半月滞納で会社から電話が来る
・2ヶ月滞納すると強制解約(らしい)
・止められてる間の料金は払わないといけない
・料金を払うと、ものの数分で復帰する

こんなもんか。
まあ復帰した途端、メールが一気に300件とか来て、その後はひたすら謝罪メールを打つハメになったが。
いちいち携帯をチェックしなくてもいい生活は、確かにちょっと快適だった。
でも、携帯を持ってないと他人に迷惑がかかってしまうのでは、そんな生活は許されない。もはや携帯は今の社会において、重要な構成要素の一つにまでなっているということだろう。
ということは携帯のない生活というのは、前近代的な生活ってことになる。
変わるもんだな数年でも。
ってなに書いてんだ意味不明なことを。
うう…変な本読んでるからこうなる。
別のこと書こうと思ったのに、時間ないしもういいや…
ブログ始めました。
って言っても自分用のメモ代わりみたいなもんなので、見ても面白くないと思うよ。