少女は呆然とその光景を見つめた。
声も出せず、ただじっとそうしている。
燃えているのは、彼女が産まれ育った家と村。
もはやそこに生命はない。
炎は容赦なく、全てを飲み込んで行く。
熱に灼かれた右目は朱に染まっている。
残った左目から滂沱の涙が溢れていた。(その1より抜粋)
「あんたが………『パンドラ』を追ってるって聞いたんだ」
過労で療養中だったジルコニアを訪ねて来た青年ワッツ。
青年と言っても、ジルコニアよりもまだ若く、少年と言っても差し支えない年齢だ。
だが、彼の目は普通の少年では持ち得ないほどの哀しみに満ちていた。
その理由を訊いても、苦い表情をするばかりで語ろうとはしない。
秘匿したい…というより、口にするのも憚られるほど嫌悪しているようにも見受けられる。
瞳に浮かぶ苦痛と憎悪が気になって、ジルコニアは彼の同行を拒否する気にはなれなかった。
何よりも、ジルコニアの興味を引いたのは、彼が『パンドラ』という組織を追っているという事。
それは、自分にとっても何よりも知りたい事だった。
「貴方が…知っている事を話して下さいます?それと引き替えに、アタシたちの調査の内容もお教えしてもよろしくてよ?」
ハッと顔をあげた青年は、ゴクリと喉を鳴らし、ゆっくりと頷いた。
「そ…れは…、事実…ですの?」
声が震えないようにするだけで精一杯だった。
ワッツはジルコニアの動揺には気づかぬようで、言葉を続けた。
彼は、条約所領のマンスールの出身だと言う。
尤も、連合最西のひなびた漁村の住民で、日々漁をして生計を立てており、戦に参加した事はない。
彼の兄たちや村の若者の多くは傭兵としてマンスールやキルヒスに従軍しているそうだ。
彼もそういう年頃にはなっていたが、年老いた両親を残すのも憚られたし、何よりも自身が戦を好きではなかった。
だから、彼は村に残り、漁の手伝いをして暮らしていた。
その生活が一変したのは半年ほど前の事。
妙な一団が村にやってきた。
彼らは、アカデミーの調査団というふれこみだったが、何を調査しているかは曖昧に口を濁す。
尤も、村人たちは、アカデミーの事だから市井の者には理解できない高尚な調査だろうと、それ以上追求はしなかった。
彼らの中には魔法師だけでなく、数名の邪紋使いも同行していた。
尤も、乱世に於いて、護衛という存在が必要な事も解らないではない。
だから村人たちは、彼らに宿を提供し、僅かな蓄えから食事を提供し、便宜を図ったのである。
そして悲劇は起きた。
調査団が来て一週間ほど過ぎた頃、村に残った健康な大人たちが一人、また一人と姿を消した。
困惑した老人たちは、調査団を頼みとするが、彼らは調査の方が重要だと言って相手にしない。
急いで臨時の自警団を結成して夜ごと村を見張るものの、被害を食い止める事はできなかった。
やがて、その災いはワッツにも伸びた。
ある朝、目が醒めると、そこは見知らぬ場所。
薄暗い小さな部屋に転がされ、しばらく自分の置かれた状況が理解できなかった。
そこで彼らは知る事となる。
自分たちは実験台として拉致されたのだという事実を。
いや、実験ならまだマシだったかも知れない。
それどころか、自分たちは強化された邪紋使いの生きた的として捕らえられたのだ。
引き出された広場でワッツは恐怖した
人々が抵抗虚しく邪紋使いに惨殺される様を。
続いて、近所の小父が、何人もの村人が…いや、彼らの村以外からも連れて来られた人々が…。
邪紋使いの身体から伸びた無数の触手。
次にそれがワッツに届こうとした瞬間、何かが彼を押し倒した。
『逃げて、ワッツ!』
触手に貫かれながら叫んだのは母だった。
その口から血を吐き、もはや助からない事は明白。
ワッツは無我夢中で走り出す。
母を助けるために。
だが、その前に立ちはだかる者が居た。
『逃げろ、ワッツ!お前だけでも逃げるんだ!』
父だった。
年老いたとはいえ、漁で灼けた肌はワッツから見ても逞しかった。
何か言おうとして、ワッツは更に押しやられる。
その瞬間、父の身体を邪紋が貫くのを見た。
声にならない悲鳴をあげ、パニック状態でワッツは駆け出していた。
どうやって逃げたか、それすらも覚えてはいない。
気づいた時には波間に漂う倒木に掴まっていた。
振り返ったそこに遠く島影が見える。
あそこから逃げて来たのか。
辿り着いた浜辺で、通り掛かった商人に助けられた。
ワッツが逃げて来たのは連合領エストレイアの南にある小島。
地元の者たちはあの島を『焦土の島』と呼んているそうだ。
島は一面の焼け野原となり、今は誰も住む者はいないらしい。
17~8年前、あの島は海賊に襲われ、僅かな住民は皆殺しに遭ったのだという。
殺される前、住民たちは自ら島に火を放ち、海賊たちを道連れにしたらしい。
劫火におののき、辛くも逃げのびた海賊の手下たちは、あそこには炎の化け物が居るのだと吹聴して廻ったという。
だが、ワッツは知ってしまった。
あの島には、今は人が住んでいる。
心に狂気を宿した忌まわしい者たちが…。
『パンドラ』という名前は、島に居る時に、彼らが口にしていた名前だった。
彼らは各地で辺境に住む人たちを密かに連れ去り、実験台にしているのだ。
ワッツのように何の力も持たない身では、どうする事もできない大きな組織。
必死になって調べるうちに『パンドラ』に対抗するために彼らを追っている者が居ると知った。
その中でも、辺境を廻って情報を集めているジルコニアに辿り着いたのだという。
「助けてくれた商人さんたちに条約領まで送って貰ったけど、俺の村はもう誰も残っていなかったし…、どうする事もできなかった」
胸に秘めていた事を一気に話し尽くして、ワッツは大きく息をついた。
ジルコニアの手が魔法杖を握ったまま小さく震えている事には気づかない。
「お願いだ!父さんや母さんの仇を…!」
ジルコニアはじっと目を閉じ、何かを考え込んでいるようだった。
しばらくして顔をあげると、ワッツにそっと微笑み駆ける。
「辛い事を話させてごめんなさい。よく…解りましたの。今すぐに…とは参りませんが、必ず貴方の願いを叶えてみせますわ」
「本当に!?本当に仇をとってくれるんだね!?」
「ええ、お約束します。『パンドラ』に人生を踏みにじられたのは…貴方ばかりではありませんし…」
「あんな島、あっちゃいけないんだ!いっその事、島ごとあいつらを…!お願いします!本当、お願いします!」
ワッツに今日は休むように言って部屋を下がらせる。
自分ももう休むからと、部下たちに告げて、ジルコニアは扉を閉めた。
ずるずる…ペタン。
扉を背にして、そのまま床に座り込む。
「『焦土の島』………、いいえ、違う。違いますの…」
涙が溢れた。
何てこと…。
「島の…名前は…フルーレシア…。四季の花が…咲き乱れる…平和で…美しくて………」
嗚咽が漏れた。
そうではないのだ。
火を放ったのは村人でも海賊でもない。
「父ちゃま…、母ちゃま…」
呼びかけに応える声はない。
ただ、涙が止まらなかった。
まだジルコニアがただの少女だった頃。
彼女の双眸は蒼銀で、髪もやや茶色がかった黒だった。
辺境の小さな島で、戦乱の事も知らず、無邪気に駆け回る。
小さな村で一番歳若い彼女を大人たちは可愛がってくれた。
そんなささやかな幸せを奪ったのは、突然やってきた海賊たち。
南方遠征の際の足がかりにしようと企んだらしい。
夜陰に紛れ、彼らは島に上陸。
手当たり次第に住民を殺戮して廻った。
ジルコニア自身も、海賊たちに追い回され、重傷を負う。
そんな彼女を庇おうとした両親をも、海賊たちは容赦なく切り刻んだ。
『父ちゃま!?母ちゃま!?ダメ!やめてぇぇぇぇぇっ!!』
怒りと衝撃がジルコニアの中の何かを刺激した。
双眸が白銀に輝き、業炎が生み出されたのはその時。
業炎は海賊たちと周囲を容赦なく焼き尽くした。
だが幼い彼女はその力を制御する術を知らず、力は暴走。
炎は彼女自身にも襲いかかり、右目は灼かれ、左目もよく見えない。
必死に炎が治まるように祈り続け、恐怖の夜が明ける頃、ようやく炎は虚空へと消える。
だがその時、もはや島の全ては灰燼に帰していた。
『え…?あ…?』
見回すが、いずこにも生ある者の姿はない。
海賊たちも、村人たちも等しく息をしておらず、大半が炎に灼かれ無残な姿となっていた。
『いやぁぁぁぁぁっ!!』
アカデミーのヴェイス師らが駆け付けた時、彼女は焼け落ちた村の中で呆然と座り込んで居た。
言葉を発する事も身じろぎする事もできず、ただじっと虚空を見つめるばかり。
右目の視力は失われ、かつての蒼銀の瞳は血の紫に。
濃茶の髪は老婆のように白銀と化し、傷ついた背中を覆っていた。
「故郷…ですの。例えどんなに…変わり果てて…いようとも…。アタシの…大事な…」
呆然と呟き続けるジルコニア。
その脳裏には、まだ美しかった頃のフルーレシアが浮かんでいた。
島を襲った海賊を焚きつけたのは、ノルド候だと推察される。
だが、その候を唆し、あんな辺鄙な島を襲うよう誘導したのは一体誰か?
答えは…言う迄もない。
「許せ…ません、『パンドラ』。アタシから…両親を奪い、義父を奪い…、この上故郷まで蹂躙するつもりですの?」
『パンドラ』を追ううち、幾度も妨害に遭った。
刺客に襲われ、調査を邪魔され、資料を盗まれかけた事もある。
それでも追う事はやめない。
島滅亡の責を問う人はいないだろう。
当時まだ5歳か6歳で悲劇に見舞われ、たった独り生き残ったた少女を責める謂われはないからだ。
しかし、当の本人はずっと自分を責め続けていた。
故郷を人の住めない姿にしたのは自分だ。
だから取り戻したい。
あの島を忌まわしい陰謀の拠点になどされたくない。
「絶対に…あの島を…」
ジルコニアの前で、更にもう一人が生命を落とす。
パンドラに襲われた彼女を庇ってしたのは、エルフの青年。
ワッツから島の現状を聞かされてから、僅か10日後の事だった。
声も出せず、ただじっとそうしている。
燃えているのは、彼女が産まれ育った家と村。
もはやそこに生命はない。
炎は容赦なく、全てを飲み込んで行く。
熱に灼かれた右目は朱に染まっている。
残った左目から滂沱の涙が溢れていた。(その1より抜粋)
「あんたが………『パンドラ』を追ってるって聞いたんだ」
過労で療養中だったジルコニアを訪ねて来た青年ワッツ。
青年と言っても、ジルコニアよりもまだ若く、少年と言っても差し支えない年齢だ。
だが、彼の目は普通の少年では持ち得ないほどの哀しみに満ちていた。
その理由を訊いても、苦い表情をするばかりで語ろうとはしない。
秘匿したい…というより、口にするのも憚られるほど嫌悪しているようにも見受けられる。
瞳に浮かぶ苦痛と憎悪が気になって、ジルコニアは彼の同行を拒否する気にはなれなかった。
何よりも、ジルコニアの興味を引いたのは、彼が『パンドラ』という組織を追っているという事。
それは、自分にとっても何よりも知りたい事だった。
「貴方が…知っている事を話して下さいます?それと引き替えに、アタシたちの調査の内容もお教えしてもよろしくてよ?」
ハッと顔をあげた青年は、ゴクリと喉を鳴らし、ゆっくりと頷いた。
「そ…れは…、事実…ですの?」
声が震えないようにするだけで精一杯だった。
ワッツはジルコニアの動揺には気づかぬようで、言葉を続けた。
彼は、条約所領のマンスールの出身だと言う。
尤も、連合最西のひなびた漁村の住民で、日々漁をして生計を立てており、戦に参加した事はない。
彼の兄たちや村の若者の多くは傭兵としてマンスールやキルヒスに従軍しているそうだ。
彼もそういう年頃にはなっていたが、年老いた両親を残すのも憚られたし、何よりも自身が戦を好きではなかった。
だから、彼は村に残り、漁の手伝いをして暮らしていた。
その生活が一変したのは半年ほど前の事。
妙な一団が村にやってきた。
彼らは、アカデミーの調査団というふれこみだったが、何を調査しているかは曖昧に口を濁す。
尤も、村人たちは、アカデミーの事だから市井の者には理解できない高尚な調査だろうと、それ以上追求はしなかった。
彼らの中には魔法師だけでなく、数名の邪紋使いも同行していた。
尤も、乱世に於いて、護衛という存在が必要な事も解らないではない。
だから村人たちは、彼らに宿を提供し、僅かな蓄えから食事を提供し、便宜を図ったのである。
そして悲劇は起きた。
調査団が来て一週間ほど過ぎた頃、村に残った健康な大人たちが一人、また一人と姿を消した。
困惑した老人たちは、調査団を頼みとするが、彼らは調査の方が重要だと言って相手にしない。
急いで臨時の自警団を結成して夜ごと村を見張るものの、被害を食い止める事はできなかった。
やがて、その災いはワッツにも伸びた。
ある朝、目が醒めると、そこは見知らぬ場所。
薄暗い小さな部屋に転がされ、しばらく自分の置かれた状況が理解できなかった。
そこで彼らは知る事となる。
自分たちは実験台として拉致されたのだという事実を。
いや、実験ならまだマシだったかも知れない。
それどころか、自分たちは強化された邪紋使いの生きた的として捕らえられたのだ。
引き出された広場でワッツは恐怖した
人々が抵抗虚しく邪紋使いに惨殺される様を。
続いて、近所の小父が、何人もの村人が…いや、彼らの村以外からも連れて来られた人々が…。
邪紋使いの身体から伸びた無数の触手。
次にそれがワッツに届こうとした瞬間、何かが彼を押し倒した。
『逃げて、ワッツ!』
触手に貫かれながら叫んだのは母だった。
その口から血を吐き、もはや助からない事は明白。
ワッツは無我夢中で走り出す。
母を助けるために。
だが、その前に立ちはだかる者が居た。
『逃げろ、ワッツ!お前だけでも逃げるんだ!』
父だった。
年老いたとはいえ、漁で灼けた肌はワッツから見ても逞しかった。
何か言おうとして、ワッツは更に押しやられる。
その瞬間、父の身体を邪紋が貫くのを見た。
声にならない悲鳴をあげ、パニック状態でワッツは駆け出していた。
どうやって逃げたか、それすらも覚えてはいない。
気づいた時には波間に漂う倒木に掴まっていた。
振り返ったそこに遠く島影が見える。
あそこから逃げて来たのか。
辿り着いた浜辺で、通り掛かった商人に助けられた。
ワッツが逃げて来たのは連合領エストレイアの南にある小島。
地元の者たちはあの島を『焦土の島』と呼んているそうだ。
島は一面の焼け野原となり、今は誰も住む者はいないらしい。
17~8年前、あの島は海賊に襲われ、僅かな住民は皆殺しに遭ったのだという。
殺される前、住民たちは自ら島に火を放ち、海賊たちを道連れにしたらしい。
劫火におののき、辛くも逃げのびた海賊の手下たちは、あそこには炎の化け物が居るのだと吹聴して廻ったという。
だが、ワッツは知ってしまった。
あの島には、今は人が住んでいる。
心に狂気を宿した忌まわしい者たちが…。
『パンドラ』という名前は、島に居る時に、彼らが口にしていた名前だった。
彼らは各地で辺境に住む人たちを密かに連れ去り、実験台にしているのだ。
ワッツのように何の力も持たない身では、どうする事もできない大きな組織。
必死になって調べるうちに『パンドラ』に対抗するために彼らを追っている者が居ると知った。
その中でも、辺境を廻って情報を集めているジルコニアに辿り着いたのだという。
「助けてくれた商人さんたちに条約領まで送って貰ったけど、俺の村はもう誰も残っていなかったし…、どうする事もできなかった」
胸に秘めていた事を一気に話し尽くして、ワッツは大きく息をついた。
ジルコニアの手が魔法杖を握ったまま小さく震えている事には気づかない。
「お願いだ!父さんや母さんの仇を…!」
ジルコニアはじっと目を閉じ、何かを考え込んでいるようだった。
しばらくして顔をあげると、ワッツにそっと微笑み駆ける。
「辛い事を話させてごめんなさい。よく…解りましたの。今すぐに…とは参りませんが、必ず貴方の願いを叶えてみせますわ」
「本当に!?本当に仇をとってくれるんだね!?」
「ええ、お約束します。『パンドラ』に人生を踏みにじられたのは…貴方ばかりではありませんし…」
「あんな島、あっちゃいけないんだ!いっその事、島ごとあいつらを…!お願いします!本当、お願いします!」
ワッツに今日は休むように言って部屋を下がらせる。
自分ももう休むからと、部下たちに告げて、ジルコニアは扉を閉めた。
ずるずる…ペタン。
扉を背にして、そのまま床に座り込む。
「『焦土の島』………、いいえ、違う。違いますの…」
涙が溢れた。
何てこと…。
「島の…名前は…フルーレシア…。四季の花が…咲き乱れる…平和で…美しくて………」
嗚咽が漏れた。
そうではないのだ。
火を放ったのは村人でも海賊でもない。
「父ちゃま…、母ちゃま…」
呼びかけに応える声はない。
ただ、涙が止まらなかった。
まだジルコニアがただの少女だった頃。
彼女の双眸は蒼銀で、髪もやや茶色がかった黒だった。
辺境の小さな島で、戦乱の事も知らず、無邪気に駆け回る。
小さな村で一番歳若い彼女を大人たちは可愛がってくれた。
そんなささやかな幸せを奪ったのは、突然やってきた海賊たち。
南方遠征の際の足がかりにしようと企んだらしい。
夜陰に紛れ、彼らは島に上陸。
手当たり次第に住民を殺戮して廻った。
ジルコニア自身も、海賊たちに追い回され、重傷を負う。
そんな彼女を庇おうとした両親をも、海賊たちは容赦なく切り刻んだ。
『父ちゃま!?母ちゃま!?ダメ!やめてぇぇぇぇぇっ!!』
怒りと衝撃がジルコニアの中の何かを刺激した。
双眸が白銀に輝き、業炎が生み出されたのはその時。
業炎は海賊たちと周囲を容赦なく焼き尽くした。
だが幼い彼女はその力を制御する術を知らず、力は暴走。
炎は彼女自身にも襲いかかり、右目は灼かれ、左目もよく見えない。
必死に炎が治まるように祈り続け、恐怖の夜が明ける頃、ようやく炎は虚空へと消える。
だがその時、もはや島の全ては灰燼に帰していた。
『え…?あ…?』
見回すが、いずこにも生ある者の姿はない。
海賊たちも、村人たちも等しく息をしておらず、大半が炎に灼かれ無残な姿となっていた。
『いやぁぁぁぁぁっ!!』
アカデミーのヴェイス師らが駆け付けた時、彼女は焼け落ちた村の中で呆然と座り込んで居た。
言葉を発する事も身じろぎする事もできず、ただじっと虚空を見つめるばかり。
右目の視力は失われ、かつての蒼銀の瞳は血の紫に。
濃茶の髪は老婆のように白銀と化し、傷ついた背中を覆っていた。
「故郷…ですの。例えどんなに…変わり果てて…いようとも…。アタシの…大事な…」
呆然と呟き続けるジルコニア。
その脳裏には、まだ美しかった頃のフルーレシアが浮かんでいた。
島を襲った海賊を焚きつけたのは、ノルド候だと推察される。
だが、その候を唆し、あんな辺鄙な島を襲うよう誘導したのは一体誰か?
答えは…言う迄もない。
「許せ…ません、『パンドラ』。アタシから…両親を奪い、義父を奪い…、この上故郷まで蹂躙するつもりですの?」
『パンドラ』を追ううち、幾度も妨害に遭った。
刺客に襲われ、調査を邪魔され、資料を盗まれかけた事もある。
それでも追う事はやめない。
島滅亡の責を問う人はいないだろう。
当時まだ5歳か6歳で悲劇に見舞われ、たった独り生き残ったた少女を責める謂われはないからだ。
しかし、当の本人はずっと自分を責め続けていた。
故郷を人の住めない姿にしたのは自分だ。
だから取り戻したい。
あの島を忌まわしい陰謀の拠点になどされたくない。
「絶対に…あの島を…」
ジルコニアの前で、更にもう一人が生命を落とす。
パンドラに襲われた彼女を庇ってしたのは、エルフの青年。
ワッツから島の現状を聞かされてから、僅か10日後の事だった。