こんばんは!ケースです。
この前、名誉毀損的表現について勉強していたら疑問が生じたので、ちょっとここに記しておこうと思います。
名誉毀損的表現は、一般的に低価値表現であるから、審査密度が下がるとされています。
これに対して、ある本を読んでいた時に、高橋先生は、社会に与える害悪の程度が高いから審査密度が下がるというような記述を見つけました。
最初は、高橋先生の説明の方がわかりやすいなと思ったんですけど、一つ疑問に感じました。
それは、社会に与える害悪とは、対立利益から考えて、審査密度を下げているのではないかということです。社会に与える害悪とは、すなわち社会に害悪を与えるのは良くないという公益というものを観念していると読めます。
私の理解だと、審査密度を下げる際に、対立利益を考えてはならないと思っていました。なぜかというと、対立利益が公益とかになると、そちらの方が大きく見えてしまうからです。それから生じる弊害を除去するために、審査基準を考える際に対立利益は考えてはならないと。
この考えと高橋説との矛盾は、どう考えたらいいんでしょうか?
高橋先生は、そもそも、違憲審査基準を考える段階で対立利益を考えていいとしているのでしょうか?
ちょっと気になったので記しておきました。