入院で感じるのは家族の存在。
まず入院するのに保証人として家族がいる。
手術にも家族の署名がいる。
実際入院してみると、家族の見舞いの有無を問われる。
つまり、個人としてでは自分の存在を証明しきれず、
家族の存在が必要だということである。
これは結構考えさせられる。
いくら稼いでようが関係ない(そんなに稼いでないけど)。
自分だけでは存在が認められないのだ。
幸い実家には親が健在だし、兄弟もいる。
だから見舞いがなくても、家族はいるという思いはある。
もちろん寂しさは否めないが。
でも、将来はどうだろう。
遠くない将来、親はいなくなる。
兄弟も疎遠になるかもしれない。
これはヤバイかもしれない。
とはいえ、そのために家族を急ごしらえするのもどうかな。
そんな簡単にできるもんじゃないしね。
30代の頃はそれほど考えることはなかった。
40代半ばに差し掛かり、現実として立ちはだかる。
もちろん介護とかも問題ではなるのだが、
同世代というか、一緒に年を重ねていく家族がいないというのは、
ちゃんと向き合わないといけないことかもしれない。
そんなことを今回の入院で思った。