私は、戸籍で悩んだことはない。
名前や、生まれや育ち、家族、
セクシュアリティ、、、
悩んだことも、隠したことも何にもない。
幸せなことだと今更ながら気づく。
大学時代に就職活動がうまく行かなかったとき、
ゼミの教授に、どうしてお前は決まらないんだと
言われ、家族関係を聞かれた。
父が亡くなっていることを話すと
このまま、この会社に行けと言われて
教授に渡された名刺を見て
その足でとある会社見学に行ったことがある。
教授は、お前の希望業種は
身辺調査がはいるような業種だぞ
片親ではそういう業種を受けても
推薦がなければ、
受かる見込みはないと思うぞと言われ、
自分の縁故で会社を
紹介してくれた。
ある意味、幸せなエピソードだ。
その頃は、落ち込んだけれども。
父は亡くなっていたが
母は経済的にも自立していた。
進路のことで制限はなかった。
それなのに
父親が亡くなった後、大学受験に差し掛かる頃にも
勉強を一切しなかった。
母親は、
昔のお嬢さんは、家事手伝いで
暮らしてたんだから
それでもいいんじゃない?
なんて言うような肝の座った母親で
父親がいないことで
不幸だと思ったことなんてなかった。
余談だがこの話の続きはというと
願書提出ギリギリになって、
数多くの大学を受けさせてもらった。
母は、
受かったとこに行けばいいのよ
と、笑っていた。
この子には、
今から実親のことを話していく必要がある。
どう感じるか。
それも、年齢によって変わっていくのだろう。
まだ
乳児院のこともよく覚えているのだけど、
この先、その記憶は薄れていくだろう。
幼稚園にいけば、
苗字をどうするか、
うちの苗字で、
呼び名は呼んでもらえるか、
理解のある幼稚園か。
いろんな問題にあたるだろう。
きょうだいの存在も伝えなければならない。
しかし、親にもきようだいにも
会えないので、
思いをはせることになるだろうし、
美化することもあるだろうし、
恨むこともあるだろうし、
それは、とても大きなものとなるだろう。
実親と暮らす子には理解されるわけもなく、
孤独も感じるだろう。
その彼女の思いを一緒に抱えられるのだろうか
と思う。
いや、思いはわからなくても
彼女のすべてを受け入れよう。
彼女がそれに押しつぶされないように育てたい。
理想かもしれないけれど。
だから、周りの理解ある大人たちに
力を借りたい。
私たち父母だけより、きっと
彼女の力になると思うから。
私は40代だが、そんな母親も2年前に亡くなった。
会いたくても会えない。
とても寂しい。
もし、生きていたら、
母が話ができるときであれば
もっと話がしたかった。
どんな気持ちで私たちきょうだいを育ててくれたか
どんな思い出があるか
聞きたい。
父にも、聞きたい。
父にはたくさんの楽しいことを与えてもらった。
父が亡くなってからも
母親という存在があったから
独身でも自由で楽しんでいられた。
私の自立は母親の存在ありきの自立であり
心が安定していたのは
母親の存在が大きかったのだと思う。
何かあれば、帰れる実家があった。
母のようにはなれないだろうけど、
私もニコちゃんにとって
そういう存在になれるように頑張りたい。
願わくば彼女自身も
経済的には自立できるようになってほしいと
思う。
それってさ、本当に難しいのだけれど。
これは、本当に大切なことだと思っている。
私が長年独身でいられたのは
経済的になんとか自立していたからなのと、
帰るところ=実家があるという安心感だったといえる。
経済的自立は自分の自由に繋がるのだから。
この子が来て思う。
お母さんと話したい。
元気な頃のお母さんに会って
いろいろ話をしたいと、思う。