今日面白いイベントに行ってきて
そこでの感想を忘れないうちにシェアしちゃおう
人は3Dが大好きで
たとえば
能の舞台にしても
渡り廊下には遠近法を使われていて
「飛び出してくる」
っていう3D的な見せ方をしていて。
例えば歌舞伎は
最初は普通のステージだったんだけれど
なかなか人気が出ないもんで
客席を突っ切る
「花道」
っていうのをつくって
これも3Dだ
案の定、これを機に人気がではじめる
音楽ライブにも花道があったり
お客さんの前を通るようなステージだってある
ジャニーズのライブはとてもうまくできていて
客席を突っ切るような仕掛けがたくさんある
たとえば上手な絵には
遠近法が用いられていて
これも3Dだ
絵本にも飛び出すっていう仕掛けがある
映画もテレビも3Dだ
人は3Dになると価値を感じ始め
お金を払う
逆に2Dのものには、なかなかお金を払いたがらない
たとえば幼児の描いた絵には
遠近法も、重なりも奥行きもないから
「かわいらしい幼稚な絵」にみられる
ここにお金を払うのはごく一部の人だろう
大半がお金を払わない
YouTubeも画面と向かい合ってる点で
2Dだし
もちろんSNSも2Dだし
LINEなどの最近のコミュニケーションはすべて2Dだ
学校の教室も2Dだ
演劇もお笑いライブも2Dだ
友達だって最近ではネットの匿名のつながりだから
友達さえも2Dだ
友達に自分の商品を売り込むのはナンセンス
といわれるのは2Dだからかもしれない
これらを3Dで表現するのが難しいのならいっそのこと0円にしちゃって
他の部分でお金を集めるのがいいとの話
たしかにそうかもしれない
で、セミナーとか講演会で
3Dを簡単に持ってくるにはどうしたらいいかって
特別なスキルなんていらなくて
スクール形式の机の配列をやめちゃって
円形ステージにするのがいい
そうすると
お客さん視点でみると
演者をみるついでに、他のお客さんの顔もみれる
これは視覚トリックで
円形ステージが球体ステージのような
奥行きのある景色にみれる
これはもうりっぱな3Dだ
1月に行われた群馬のイベントでは
これを知ってかしらずか
面白そうだから
という理由で円形ステージを採用したんだけれど
これはどうやら正解だったらしい
で、1番大事な部分は
3Dになることで
お客さんは何を感じるかというと
たとえば3D映画で怪獣が飛び出してくるシーンをみると
食べられちゃう!!
わぁ!!
みたいな
「ドキドキ」を得られる
円形ステージでのトークライブでは
お客さんとの距離が近いから
マイク向けられるんじゃないか
みたいな意味で
「ドキドキ」する
そう
3Dになると
距離が近くなる
そうすると「ドキドキ」という感情が動く
感情が動くというのは、つまり
「感動」だ
要は
感動が価値を生む
帯広のハギ先生がおっしゃっていた名言にうまいこと着地した
大成功だ。
ちなみに
距離の話でいうと
もう1つ面白い話を今日聞いて
家族間ではお金のやり取りが一切行われない
お小遣い
という制度はあれど
なにかを提供したからお金をもらう
という一般社会的な金銭やり取りがない
家族をとびこえて
お隣さんや、町内会でもそれは同じで
金銭的やり取りは行われない
つまり、距離が0に近づくほど
金銭的やり取りを必要としない
たしかにお金の歴史を遡ると
昔は、物々交換だった
これは今の町内会やお隣さん、家族内でのやりとりと同じだ
それが
貿易などを始めるにあたって
お金というものが普及し始めた
つまり金銭的やり取りというのは
飛距離を出す道具であって
つまりは
他人との交換の際に
「頭を下げてお願いする」という手間を省く道具が
「お金」だ
お金のない人は頭を下げる
一番わかりやすいのは
ヒッチハイクだろう
で、現在
ネットの普及、SNSの普及に伴って
距離感というのがバカになっちゃってるから
いよいよ金銭的やり取りというのが薄れてくるのかもしれないね、っていう話
今日のイベントはとても濃かったなぁ
なにより
クレイジーウェディングの山川さんの顔がめちゃめちゃ小さくて可愛かった。。。
幸せを勉強した人にしか
幸せ訪れないわけじゃない
引き寄せを勉強した人にしか
引き寄せが訪れないわけじゃない
ビジネス書を読んだ人にしか
お金が訪れるわけじゃない
何も知らない人にだって
全てが訪れる
平等に。
みんな幸せを求めて勉強とかして
そして
もうそろそろみんな気付いたのが
「もうすでに幸せだし、最高」
ってことに知識としては知ってる状態になってると思うんだよね
でも、当たり前かもしれないけれど
そうとは知っていても
なかなか実感できない
じゃあ
実感できる瞬間ってなにかっていったら
不幸が起こった時だよね
誰かが死んだり
入院したり、病気になったり
怪我をしたり、お金がなくなったり
そうやって
不安とか不幸とか恐怖を体感したときに
「あ、普通の生活って結構幸せだったな」
って知識と体験が一致すると思うんだよね
じゃあ
今みんなに必要なのは
幸せに関する知識じゃなくて
ちょっとした不安とか恐怖とか
そういう体験が必要なんじゃないかなって思うんだよ
そういう意味では
イベントの主催者とか演者っていうのは
本番が終わるまで
不安だったり怖かったりするわけで
だからこそ
イベントを通じて一番幸せになれるのは
主催者や演者、スタッフなんだよね
なにかちょっとした
怖い体験や、不安な体験をすることを
人はどこかで求めてるのかもしれない
言葉をさらに簡単にすれば
それは
「ドキドキすること」
だよね
幸せ訪れないわけじゃない
引き寄せを勉強した人にしか
引き寄せが訪れないわけじゃない
ビジネス書を読んだ人にしか
お金が訪れるわけじゃない
何も知らない人にだって
全てが訪れる
平等に。
みんな幸せを求めて勉強とかして
そして
もうそろそろみんな気付いたのが
「もうすでに幸せだし、最高」
ってことに知識としては知ってる状態になってると思うんだよね
でも、当たり前かもしれないけれど
そうとは知っていても
なかなか実感できない
じゃあ
実感できる瞬間ってなにかっていったら
不幸が起こった時だよね
誰かが死んだり
入院したり、病気になったり
怪我をしたり、お金がなくなったり
そうやって
不安とか不幸とか恐怖を体感したときに
「あ、普通の生活って結構幸せだったな」
って知識と体験が一致すると思うんだよね
じゃあ
今みんなに必要なのは
幸せに関する知識じゃなくて
ちょっとした不安とか恐怖とか
そういう体験が必要なんじゃないかなって思うんだよ
そういう意味では
イベントの主催者とか演者っていうのは
本番が終わるまで
不安だったり怖かったりするわけで
だからこそ
イベントを通じて一番幸せになれるのは
主催者や演者、スタッフなんだよね
なにかちょっとした
怖い体験や、不安な体験をすることを
人はどこかで求めてるのかもしれない
言葉をさらに簡単にすれば
それは
「ドキドキすること」
だよね
高校って最初の人生の分岐点だと思っていて
だってそこから
進学したり
就職したり
進学するにしても
学部を決めたり
専門学校に行ったり
決めることと止めることが
高校3年生にはとても多いし
その決断が
もしかしたら人生を左右する決断になるかもしれない
かもしれない、というより
おそらく左右する決断であるんだろうと思う
でも
その割に
学校はいろんな世界の選択肢を教えてくれない
教えてくれるのはパンフレットに書いてある情報や
赤本に書いてある試験対策のことだけで
「もうグーグルに聞いて」
って学校が放棄しちゃってる
でも学校の最大の役割は
グーグルでも聞けるけど、それでも先生教えてよ
みたいなところにあるし
ネットの情報を漁って判断するのは
高校3年生には荷が重い
だって勉強もしなきゃならないし
やることが想像以上にたくさんあるからだ
最後の部活
最後の学校祭
恋愛
勉強
親との相談
葛藤
高校3年生にはやることがたくさんある
だったら
学校がそれを放棄しないで
定期的に高校3年生向けに
外部から講師をお呼びして
その業界のこととかを教えてくれる授業が
もっとあったらいいんじゃないのかな~
高校の校長先生になりたいなぁ
教室にはさ
教壇っていうステージがあって
そのステージに立ってお話する演者(先生)がいて
お金を払って演者の話をするお客さん(生徒)がいる
もうこの図式は
ショーと同じで
でも、先生は毎回ショーをしてるんだぞ
っていう意識がない
もう、作業のように授業を進めちゃってる
でもショーをもりあげるのは
演者だけじゃなくて
お客さん側から歩み寄る必要もあるわけで
もしぼくが校長先生になったら
先生が教室に入ってくる時には
拍手でお出迎えするんだよ
ってまず最初に教えるなぁ
絶対そのほうが楽しいし
先生もテンション上がるよね
わー!!!
って拍手されて
「はい、それじゃぁ」
なんて低いテンションで、作業をしようなんて思わない
お客さん側から歩み寄ってきたら
その期待になんとしても答えてやろう
って気になるから
もっと授業が面白くなるだろうし
前のめりになっちゃうよね
授業中はスマホ使って
録画、録音、撮影していいい
それが教師を目指す生徒の最高の教科書になるんだから
だってそこから
進学したり
就職したり
進学するにしても
学部を決めたり
専門学校に行ったり
決めることと止めることが
高校3年生にはとても多いし
その決断が
もしかしたら人生を左右する決断になるかもしれない
かもしれない、というより
おそらく左右する決断であるんだろうと思う
でも
その割に
学校はいろんな世界の選択肢を教えてくれない
教えてくれるのはパンフレットに書いてある情報や
赤本に書いてある試験対策のことだけで
「もうグーグルに聞いて」
って学校が放棄しちゃってる
でも学校の最大の役割は
グーグルでも聞けるけど、それでも先生教えてよ
みたいなところにあるし
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だって勉強もしなきゃならないし
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でも、先生は毎回ショーをしてるんだぞ
っていう意識がない
もう、作業のように授業を進めちゃってる
でもショーをもりあげるのは
演者だけじゃなくて
お客さん側から歩み寄る必要もあるわけで
もしぼくが校長先生になったら
先生が教室に入ってくる時には
拍手でお出迎えするんだよ
ってまず最初に教えるなぁ
絶対そのほうが楽しいし
先生もテンション上がるよね
わー!!!
って拍手されて
「はい、それじゃぁ」
なんて低いテンションで、作業をしようなんて思わない
お客さん側から歩み寄ってきたら
その期待になんとしても答えてやろう
って気になるから
もっと授業が面白くなるだろうし
前のめりになっちゃうよね
授業中はスマホ使って
録画、録音、撮影していいい
それが教師を目指す生徒の最高の教科書になるんだから