ブログにご訪問、ありがとうございます。
今日も普通に気がついたことを書きます。


私にとって、最後の1ピースは
「子ども」でした。

これまで私が必死になってがんばってきたことの結果、それが「子ども」だったんだな。
と、ようやく確信しました。


これまで必死にがんばってきたこと。

それは、なかなか理解できない母親をなんとか理解しようとしてきたこと。

それは、たとえひとりでも、この世の中を生きていけるように、仕事で稼げるよう、実力をつけたこと。

それは、仕事を自分の許容範囲以上にがんばりすぎてでっかい病気(脳動脈乖離)になって、働き方を無理矢理変えたこと。

それは、好きな人と結婚できるように、10年以上、いろいろがんばったこと。

それは、幸せで楽しい毎日を送るには、「掃除」「食事」が重要だ!と効率よくそれらをできるように本を読んで実践してきたこと。

それは、自分の好きな物に囲まれていたら幸せだ!と自分の好みを洋服や絵画や音楽などの面で磨いたこと。

そんな風に、必死になってアラフォーまで生きてきました。

子どもが欲しかったけど、
子どもは好きな人の子どもが欲しかったし、
できるだけ仕事(会社やまわりの人)の迷惑にならないようにしたかったし、
母親からの子どもは絶対作れ、という変なプレッシャーにも参ったりして、
そんなこんなで、いろいろな私のへんなこだわりがあって、

「子どもがいないくても、幸せな人生を歩むことができるんだ」

そう思えるように必死になって外側を埋めてきてしまいました。


ようやく子どもを授かって、とてもうれしい反面、なぜだかあまり幸せじゃなくて、
それは産後のホルモンバランスの乱れだと気がつき、最近は調子が戻ってきて、

子どもが、ものすごくかわいい。
子どもを抱っこいていると、もう何にもいらない

と心底思っている自分がいました。

子どもがいなくても、幸せになれると、外側を固めて来ただけあって、子どもができたら、ほぼ悩みがない状態の自分ができあがっていることにも気がつきました。


足りない
足りない
足りない

と思って埋めてきたもの、
ようやく子どもを授かって、
足りないが、まったくなくなりました。

私にとって子どもは最後の1ピース

人生の第一章が完結しました。

★重要
もちろん人によって、
子どもがいなくても幸せな人生
を選択する方もいらっしゃいます。

人それぞれの価値観があると思います。

自分のほんとうの望みをちゃんと見つめて、それに向かえばちゃんと叶うんだ。

それにきっと私の場合、今じゃないといけなかったんだと思う、子どもを授かるのが。

高齢で子どもを授かったけど、けっきょくは子どもを育てるための環境を、内側(自分の心)も外側(まわりのサポートや金銭面)も整えることができたと思うから。

子どもを育てることに集中したかったんだなあーって思います。


これからは、また別の目標に向かって
よい現実を、
自分だけじゃなくて、
まわりの人にとってもよい現実を作れるように、
いろいろ考えて行動していきたいな、と思います。

最後まで読んでくださってありがとうございます。
それではごきげんよう!!