アンドロメダのブログ(ツインソウル)

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ツインに出会ってしまったマイナー士業者(ただ今休業中)の記録

日々変化する思考や降りてくる言葉の備忘記録。またささいな日常の日記的なものを書いていこうと思います。

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セックスの神聖さを、神の存在を受け容れるのと同じように、
ハートを開いて受け容れることだ。


osho


結婚したばかりのカップルを祝福しながら、聖者が新婦に言った。

「あなたが10人の子供達の母親となるように。そして最後には、

あなたの夫があなたの11人目の子供となるように」

もし情熱が変容されたら、妻は母親になれる。

もし性欲を超えることが出来たら、セックスは愛になり得る。

セックスエネルギーだけが、愛の力へと開花することが出来る。 


だが私達は人間を、セックスに対する敵対心でいっぱいにしてしまった。

その結果、愛は花開かなかった。

その後に来るもの、来るべき形態は、

セックスを受け容れることで初めて可能になる。

愛の流れは、強い抵抗の為に流れ進んでゆくことが出来ない。


一方においてセックスが内側でかき立てられたまま、

人間の意識は性的な状態で泥まみれになっている。

人間の意識はますます性的になってゆく。

私達の歌、詩、絵画、そして寺院にある像は全て、

セックスを巡って創られている。


なぜなら、私達のマインドもまたセックスの軸の周りを

思い巡っているからだ。 

この世界のどんな動物といえども人間ほど性的ではない。

人間はどこにいても性的だ。

起きていようと眠っていようと、その振る舞い、その作法がまた性的だ。

瞬間ごとに人間は、セックスにつきまとわれている。

このセックスに対する敵意のゆえに、この反対と抑圧のゆえに、

人間は内側から腐敗しつつある。

人間はその生の根源そのものであるものから、

自分を自由に出来ないでいる。


そしてこの絶え間ない内側での葛藤の為に、

人間の存在全体がひどい神経症にかかってしまった。 

人間は病んでいる。

人類に明らかに見られる、この歪められた性的状態は、

いわゆる指導者や聖者のせいだ。

その責任は彼らにある。

人間が、そういった教師や道徳家や宗教的な指導者から、

そして彼らの偽りの教えから自分を自由にしない限り、

人間の内部に愛が現れる可能性は全くない。 

この段階で、私は最初の原則をあなたに与えたい。


もしあなたが、愛についての基本的な真実を知りたいなら、

まず第一に必要なことは、セックスの神聖さを受け容れることだ。

セックスの神性を、神の存在を受け容れるのと同じように、

ハートを開いて受け容れることだ。

開かれたハートとマインドでセックスを充分に受け容れれば、

それだけあなたは自由になる。

が、抑圧すればするほど、サラリーマンが背広の奴隷になったように

それに縛られる。


あなたは受け容れる分だけ解放される。 

生を全面的に受け容れたら、生の中で自然なこと全て、

生の中で神によって与えられている全てを受け容れたら、

それはあなたを神性の最も高い領域、未知の高み、

崇高な高みへと連れてゆく。

そして、神によって与えられたものへのこの信頼は、解放へと向かう扉だ。


私は生の中の自然なもの、神の計画の中の自然なものを、

人間に受け容れさせないような教えを神に敵たいしていると見なす。 


「これに反対しろ、あれを抑圧しろ。

自然は罪深く邪悪だ。

欲望に満ちている。

これを捨て、あれを捨てろ」


私の理解する限り、これら全てが神に敵たいしている。


放棄を説く者達は神に敵たいしている。



生を、その純粋で自然な形のまま受け容れなさい。




そして、その豊かさの中で満たされるることだ。




満ち溢れること自体が、あなたを一歩一歩、上へ引き上げてくれる。





まさにこのセックスの受容そのものが、あなたが想像も出来なかった、








雲ひとつない高みへとあなたを引き上げてくれる。








もしセックスが石炭だとしたら、それがダイヤモンドとして








姿を現す日が来るのは確実だ。