以前に『画皮 あやかしの恋』(日本公開は八月上旬)を紹介したときに、出資額が最も多いということで、シンガポール映画というテーマを立てました。


しかし、きっとこのテーマに映画がなかなか増えなさそうな気がするし、さらには画皮は主演も監督も中国本土・香港ラインで、原作も中華古典だから、まったくシンガポールの匂いがしないのでチト寂しい。


そこで、シンガポール映画と言えばこれしかないでしょ! って映画をいささか古いけれども一本あげておこうと思います。


ピックアップしたのは、『フォーエバー・フィーバー』(1998、シンガポール映画)。

ゴーイン・バックtoちゃいな
画像はamazonで販売のDVDパッケージより。

ちなみにDVD発売は2000年。


こちらは町並みも、しゃべっている言葉(シンガポールなまりの英語:シングリッシュ)も、全てシンガポール風味です。まぎれもないシンガポール・ムービーというわけです。


そもそも、シンガポール映画が日本に入ってくることなど、ほとんどなかったはず。

それもそのはず、シンガポールはあれだけ経済発展が著しく、同映画が製作された90年代と言えば、シンガポールは、「アジア四小龍(龍に特別な意味を持つ国の四ヶ国・地域:韓国・台湾・香港・シンガポール)」だの、NIEs(Newly Industrializing Economies:新興工業経済地域)だのと呼ばれていた割に、映画とか文化にはあまりカネをかけない国だった。


この『フォーエバー・フィーバー』はそんな状況を一変とまではいかないけれど、一石を投じるような役割を持っていたらしいんですよね。


で、どんな映画かというと、amazonの紹介を引用しますと、

『サタデー・ナイト・フィーバー』をモチーフにした、シンガポール製ダンス・ムービー。ブルース・リー好きの青年が、ダンスに目覚めていく様をユーモアを交えて描く。

(「DVD NAVIGATOR」データベースより)

となってます。

はい、だいたいのあらすじはその通り。


映画のワンシーン。

ゴーイン・バックtoちゃいな
トラボルタとブルース・リーのミックスね。
主演はエイドリアン・パン。名前からしても華人ですね。


私流に付け加えて映画のあらすじを説明しましょう。


主人公は香港のカンフー映画と、ハリウッドのダンス映画が大好き。というか、生活全体がそれにかなり毒されている青年。

ケンカをすれば、ブルース・リー風アクションだし、夜はディスコに行ってジョン・トラボルタ風のダンスを踊ってばかり。

そんなシンガポール人、とくに中華系の若者の日常を描いた青春ムービー。

狭い都市国家シンガポールを駆けるには都合のいいバイクは若者の記号としてもピッタリ。まぁ現実にはバイクすら買えないのだけれど、いつか愛車を走らせ、後ろのシートに恋人を乗せるのが夢の主人公。

映画のクライマックスでは、ダンスコンテストでライバルのダンサーと恋人をかけてのダンスバトル。この辺のノリは完全に「サタデー・ナイト・フィ―バー」か、ウェストサイド物語的なミュージカル風の作りです。


と、もちっと詳しく説明するなら、こんな感じかな。


ダンスバトルでのエイドリアン・パン。
ゴーイン・バックtoちゃいな
映画では三枚目だし、完全に格好イイとは言えないルックスながら、その等身大な感じがよかった。


さて、時代背景を少し補足しましょう。


憧れの国アメリカや、新興工業国としては先輩格で文化の発信地域(つまり香港映画や香港ポップス)でもある香港への素直な敬意が映画全編に現れていて、当時のシンガポールを知るにはとても良い作品。

「当時の」というのは、映画の小道具がブルース・リーやトラボルタ。という記号からみても明らかなように、70年代後半が舞台になっています(別の英語サイトの情報によれば1977年の設定だとか)。その時代のシンガポールの若者を描いているというわけですね。


さすがに私もその当時のシンガポールの雰囲気なんて知らないから、この映画はとても新鮮でした。

日本で公開(東京国際ファンタスティック映画祭1999で公開後に、恵比寿ガーデンシネマにて単館上映)された1999年時点では、シンガポールはかなりの経済的成功を収めた国って程度の認識だったものね。


さて、amazonの紹介欄には「MIRAMAX配給で全米をも席巻した、シンガポール映画史上最大のヒット」なんて書いてあります。

実際、米国での1999年のMIRAMAX配給は1000館にもわたったとか。


MIRAMAXが配給した映画ポスター。

ゴーイン・バックtoちゃいな
タイトルは、「That's The Way I Like It」に変更されています。


なぜ、MIRAMAXが配給しようと思ったか、まったく情報はないのだけれど、そうなってもおかしくはない魅力が確かにこの映画にはあります。


まずは、トラボルタの70年代を回顧する映画になっていること。トラボルタ式ダンス(あの人差し指を一本上げて大股開きでキメるポーズのスタイルね)は、当時に青春時代を送ったアメリカの中年にとっても懐かしいはずです。

アメリカの俳優を使っての回顧作は、まだトラボルタも存命どころか大活躍中(90年代は特に『パルプフィクション』などで劇的復活を遂げていた)なので、難しかったはずだれど、海外映画でそれを楽しむのはアリなんでしょう。


そして、シンガポールという国の特殊事情もわかること。

劇中の英語はシンガポール人が普段使用している公用語の英語にすごく近い。シングリッシュ独特の言い回しなんかも出てきて、興味深いのです。

果たして、この映画を観た米国の観客の何割がシンガポールと香港の区別がつくかわからないけれど、吹き替えでない現地の人がしゃべる英語の外国映画を観るのは、彼ら米国人にとっても新鮮だったと思うのです。


多民族国家シンガポールで多数派は確かに中華系だけれど、マレー人もインド人もいる。そして、そこには香港や台北といった都市とは違う、独特の空気があります。やけに整然とした町並みに、ゴミ一つ落ちてない道とかね(というか、唾や痰を道に吐こうモノなら罰金!というお国柄)。
映画の舞台としては、とても面白くなりそうな国なんだけどね~。

まぁ自由主義でありながら、いわゆる「開発独裁」体制の維持のために、メディアが全てオープンな国ではないから、多少の制約はありそうだよね。


映画のワンシーンより。

ゴーイン・バックtoちゃいな
ダンス練習中の主人公とその恋人。

(映画を観る限り、恋人も中華系の設定のはずだけど、どことなく南方風の顔つきでした)


この映画のヒットによって、シンガポールは文化政策にも腰を上げ、それまでの通商政策だけでなく、文化産業の人材育成にも取り組んだと聞くけれど、残念ながら日本でその後に配給されたシンガポール映画というのは、まだほとんどありません。


このブログの「シンガポール」テーマの充実のためにも、なにかそろそろ良い映画が入って来ないかしら。


というわけで、今回はちょっと古い映画ではありますが、観ても決して後悔はしない「真のシンガポール映画」の紹介でした。