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現実物語 第5話
『誓い』


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2020年2月 某チャペル


木﨑ゆりあ
「今はまだ練習だからさ・・・ねぇ、言って?」

ユウキ
「・・・え?」

木﨑ゆりあ
 「式はまた改めてやるとしても、ほら・・・!」

ユウキ
 「・・・今なのか?」

木﨑ゆりあ
 「いつやるの!?」

ユウキ
「・・・今・・・でしょ、じゃねぇだろ

木﨑ゆりあ
 「・・・じらすなぁ!」

ユウキ
 「っ・・・」

木﨑ゆりあ
 「(手を強く握る)早く、ユウキさん!

ユウキ
 「・・・(顔を反らす)」

木﨑ゆりあ
「・・・っ」

ユウキ
「・・・っ」

木﨑ゆりあ&ユウキ
 「・・・結婚してくだ――」

ユウキ
っ・・・!!(顔が赤くなる)」

木﨑ゆりあ
 「!!(顔が赤くなる)・・・ユウキさんがいつまでたっても言わないから・・・!!

ユウキ
「・・・えっと、とりあえず全部仕切り直さないか?」




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あの日、俺は誓った。俺にとっての革命の答えであり、俺にとっての愛の存在。――木﨑ゆりあと人生を共にすることを。あれは・・・妄想でも夢でもない。確かに俺の心にゆりあの言葉が刻まれた。そして、ゆりあの心にも刻まれた・・・はずだ。だからこそ、革命を起こした俺とゆりあの生活があった。

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2020年3月 新幹線内




木﨑ゆりあ
「すぅ・・・Zzz」

ユウキ
「・・・」

目まぐるしい速度で窓の外の景色が流れていく。俺とゆりあの二人が過ごしてきた時間は流れていく景色のようには語れない。いくつもの革命が今という時間を作り出したんだ。


木﨑ゆりあ
「すぅ・・・Zzz」

ユウキ
「・・・」

俺の右肩に頬を乗せて眠るゆりあ。俺は窓の外からゆりあの方に視線を移し小さく微笑んだ。




アナウンス
「まもなく品川、品川です」

木﨑ゆりあ
「ん・・・」


ユウキ
「起きた?」

木﨑ゆりあ
「ごめん、寄りかかって寝ちゃってて」

ユウキ
「ううん」

木﨑ゆりあ
「・・・もうちょっとこのままでもいい?」

ユウキ
「うん」

木﨑ゆりあ
「ありがと」

そう言うとゆりあは俺の首元まで頭をうずめた。

木﨑ゆりあ
「安心したからかな」

ユウキ
「ん?」

木﨑ゆりあ
「パパがユウキさんのこと認めてくれるかなぁって心配してたから」

ユウキ
「あぁ・・・」

木﨑ゆりあ
「ゆりあがユウキさんを初めてテレビで見た日のことを話したのが良かったのかな」

ユウキ
「かな。俺も知らなかった話だし」

木﨑ゆりあ
「話したことなかったっけ?」

ユウキ
「聞いたことあったかもしれないけど、ゆりあの両親も見てたっていうのは知らなかったから」

木﨑ゆりあ
「そうなんだ」

ユウキ
「でも、そんな昔の話を覚えててくれたのは嬉しかった」

木﨑ゆりあ
「ホント?ゆりあも嬉しかった」

ユウキ
「それだけ記憶に残ってたってことなのかな」

木﨑ゆりあ
「絶対そうだよ」

ユウキ
「・・・」

木﨑ゆりあ
「奇跡みたいだね、ユウキさんとゆりあが会えたのって」

ゆりあが俺の右手を優しく握ってきた。

ユウキ
「そうだな」

木﨑ゆりあ
「違う、奇跡じゃない。革命だ」

ユウキ
「・・・(微笑む)」

その後、ゆりあは再び眠りについた。もうすぐ下車しないといけないのに。

ユウキ
「・・・」




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あの時誓った言葉・・・いや、正確には誓おうとしていた言葉の効力はどれ程なのだろう。本当にお互いが心の底から感じていた感情なのか。なんとなくそうなんだろうなと思うけど、ゆりあに尋ねることは出来ない。それに、俺自身に問いかけても・・・正確な答えが返ってこない。なぜなのか。

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2021年3月 都内某所




木﨑ゆりあ
「なんでブログ消したの?」

ユウキ
「・・・もう書くことないかなって」

カメラのレンズを覗きながらゆりあが尋ねてきた。どうして今、そんな質問をしてきたのかはわからない。ブログを消したのは1年以上も前の話だ。

木﨑ゆりあ
「ブログだって、ゆりあにとってはユウキとの大事な思い出だったのに」

カシャッ!

あまり感情がこもっていない言葉に聞こえた。それは、残念に思っているからなのか、または別の理由なのか。

ユウキ
「せめて、ゆりあに確認してから消すべきだったかな」

木﨑ゆりあ
「ううん。ユウキがやめようって思ったことならそれでいいもん」

ユウキ
「そっか」

ゆりあがカメラを向けていたのは空だった。厚い雲が何層にも重なっている空。俺とゆりあは花見に来ていたはずなのにどうして空を撮っているんだろうと不思議に思った。

木﨑ゆりあ
「なんで今さら?って聞かないんだ?」

ユウキ
「別に。でも、どうして?」

木﨑ゆりあ
「ちゅりたんから聞いた」

ユウキ
「明音が?」

木﨑ゆりあ
「うん」

ゆりあから"ちゅりたん"という言葉を聞いたのが久しぶりだったし、俺自身も最後に明音の名前を発したのがいつだったかも覚えてないくらいだった。

木﨑ゆりあ
「最近LINEしててさ」

ユウキ
「そうなんだ。急に連絡来たの?」

木﨑ゆりあ
「うん」

変な話、俺も明音のLINEは知っている。でも、あの事件があってから連絡が来ることは一度も無かった。

木﨑ゆりあ
「来月、ちゅりたんSKE卒業するんだよ」

ユウキ
「あぁ、延期になってたコンサートがついにやるのか」

木﨑ゆりあ
「うん。観に来る?って言ってくれたんだけど、仕事と予定かぶってて。ごめんって言っておいた」

ユウキ
「そっか」

それからしばらく沈黙が続いた。ゆりあは何枚もの写真をカメラに収めていて、俺はそれを黙って見ているだけの時間が過ぎた。




木﨑ゆりあ
「ちゅりたんのどんなところが好きだった?」

ユウキ
「え・・・?」

この日のゆりあは俺と目を合わせることが少なかった。この時もカメラのレンズを覗きながら独り言のように呟いてたぐらいだ。

木﨑ゆりあ
「ちゅりたん、多分今でもユウキのこと好きでしょ」

ユウキ
「・・・」

木﨑ゆりあ
「表向きにはユウキとゆりあのこと認めてくれたけど、好きな気持ちは変わってないんじゃないかなって」

ユウキ
「どうしてそう思ったの?」

木﨑ゆりあ
「卒業コンサート、ユウキも一緒に来ても良いよって言ってたから」

ユウキ
「・・・」

この時俺は思い出した。あの事件の日、明音は現実世界の記憶が戻っていなかったことを。アンドリューは妄想制御と妄想世界で得た記憶をすべて抹消すると言ってあの場を去った。それなのに、明音は変わらず俺に話しかけていた。

木﨑ゆりあ
「ゆりあよりも先にちゅりたんのことが好きになって応援してたわけじゃん?」

ユウキ
「それは・・・」

木﨑ゆりあ
「ゆりあもちゅりたんが大好き。でも、ユウキから見たちゅりたんはどんな風に映ってるのかなってちょっと気になって」

俺が言葉を詰まらせるよりも先にゆりあは話を続けた。それでも俺は、紛れもない事実に対して素直な表現でゆりあの質問に答えようとした。

ユウキ
「全力なところかな。明音の好きなところ」

木﨑ゆりあ
「公演でめっちゃ汗かいてたり、独特な振り付け魅せたりするところ?」

ユウキ
「そう」

木﨑ゆりあ
「前に言ってたよね。ユウキは自分に持ってないものがある人に惹かれるって」

ユウキ
「うん」

木﨑ゆりあ
「それが、全力なところ?」

ユウキ
「・・・なのかな」

曖昧な返事をしたことを若干後悔した。ゆりあにはどんなことでも素直に話したいと思っていたから。

木﨑ゆりあ
「ユウキは何事にも全力じゃないの?」

ユウキ
「明音みたいにどんなことに対しても本気になるのはできてないかなって思う」

木﨑ゆりあ
「ゆりあはそうは思わないけどね」

ユウキ
「え?」

木﨑ゆりあ
「仕事だって一生懸命にやってるし、趣味だってそう。一途にエルドラクラウンずっとやってるし、AKBの応援も変わらずしてる」

ユウキ
「まぁ・・・そうだけど」

木﨑ゆりあ
「全力さなんて自分では気づけないよ。きっとちゅりたん自身もこれが最大値だとか考えたことないだろうし」

なんでも知ってるような口ぶりだった。どこか強気なゆりあに違和感を抱いていたぐらいだ。

ユウキ
「・・・明音はまだ妄想を見ているのかもしれない」

そんなゆりあに対抗しようとしたのか、話を少し逸らそうとした。

木﨑ゆりあ
「・・・」

ユウキ
「アンドリューが明音にかけた妄想制御を解くことができなかったって話してたじゃん?だからまだ、俺のこともしっかりと覚えてたのかも」

木﨑ゆりあ
「・・・」

妄想が解けていないメンバーについて考えることがあった。アンドリューが"妄想者"と言っていたメンバーのことだ。あの事件の発端ともなった、48グループと坂道グループのメンバーほぼ全員がアンドリューの力で幕張メッセに集められた日、メンバーのほとんどが1回目の妄想制御解除によって現実に戻されたはずった。ところが、その出来事以降も妄想状態のメンバーがいた。明音もその1人だ。それと同じように、2回目の妄想制御解除においても妄想が解かれていないメンバーがいるんじゃないか、そう推測した。

木﨑ゆりあ
「じゃあさ」

ユウキ
「ん?」

木﨑ゆりあ
「瑞葵ちゃんと金村ちゃんはどんなところが好きなの?」

ユウキ
「・・・どうしたんだよゆりあ」

また話を戻された。不意の出来事に先のことを考えずにゆりあに問いかけてしまった。

木﨑ゆりあ
「え?ただ気になってさ」

ユウキ
「・・・」

別に俺を茶化してきてるようでも、何か疑ってるような様子も無かった。だから、何とか笑い話にしようと思って逆にこう聞いてみた。

ユウキ
「妬いてんの?」

木﨑ゆりあ
「妬かないよ。妬くと思った?」

ユウキ
「いや、聞いてみただけ」

木﨑ゆりあ
「まぁ、そんな風に誤魔化すと思ったけど」

この日のゆりあはやけに堅い気がした。

ユウキ
「誤魔化すなんてそんな」

木﨑ゆりあ
「じゃあ、どんなところが好きなの?」

もう少し様子を伺うことも兼ねて、今回も素直に答えてみることにした。

ユウキ
「瑞葵は絶対的な信頼が魅力なんだ。あの子は約束を必ず守るし、真面目で自分の意志も高い。人としての良さが存分に現れてる」

木﨑ゆりあ
「ユウキには絶対的な信頼が無いの?」

ユウキ
「人にどう見えてるかだろうな」

木﨑ゆりあ
「ゆりあは信頼してるよ、ユウキのこと」

ユウキ
「うん」

この言葉を聞いたとき笑みがこぼれた。マスクをしてて良かったと思った。

ユウキ
「金村は人を惹き付ける力と共通点に魅力を感じた。空回りしても頑張っている、多趣味。性格的なところももちろんだし、笑顔が本当に素敵だと思う。共通点は――」

木﨑ゆりあ
「前に話したサックスとかって話?」

ユウキ
「そうだ」

木﨑ゆりあ
「そっか。でもさ、ユウキの笑顔、素敵だと思うけどね」

ユウキ
「・・・ありがとう」

マスクの下の表情を見透かされているかのようで恥ずかしかった。同時に安心感が心に満ちた。ところが

木﨑ゆりあ
「ブログの話に戻るけどさ」

ユウキ
「ん?」

木﨑ゆりあ
「瑞葵ちゃんと金村ちゃんを5代目推しメンに選んだっていう記事、あれはアンドリューが書いたんだよね?」

ユウキ
「あぁ」

木﨑ゆりあ
「今更かもだけど、妄想屋が書いた話が現実になっちゃったよね」

ユウキ
「!!」

ゆりあの言い方には棘があるように聞こえた。

木﨑ゆりあ
「ゆりあがアンドリューの強力な妄想制御を受けてたとき、ユウキやアンドリューの会話は全部聞こえてたし今も覚えてるんだ」

ユウキ
「・・・」

ゆりあの方に目をやると、また空を見ていた。カメラは構えていない。

木﨑ゆりあ
「あり得ないことばかり起きてたけど、アンドリューはユウキの描いていた妄想を具現化したって話してたよね?」

ユウキ
「いや・・・」

木﨑ゆりあ
「皆からモテたいって妄想してたんだ?」

ユウキ
「違う、ゆりあ・・・」

木﨑ゆりあ
「モテたいのは誰だってそう思うでしょ。変なことじゃないって」

ユウキ
「・・・」

ゆりあが事件前後の話をこんなに多く話すのは初めてだった。口調も強くやや早口で、恐怖心さえ感じたぐらいだ。

木﨑ゆりあ
「へっくしゅん!!」

ユウキ
「大丈夫・・・?」

木﨑ゆりあ
「帰ろっか」

ユウキ
「え?・・・うん」

まだ来て10分も経ってないのに?と聞くかどうか迷ってやめた。

木﨑ゆりあ
「ん」

いつものように、ゆりあが俺の横に並んで手を伸ばしてきた。でも今日は、その手を握るかどうか躊躇われた。

木﨑ゆりあ
「どうしたの?」

ユウキ
「いや」

木﨑ゆりあ
「今日も手汗びっしょりだね」

ユウキ
「・・・ごめん」

木﨑ゆりあ
「気にしてないって。握手会の時から言ってるのに」

ユウキ
「うん・・・」

焦りや不安がこんなにもわかりやすい形で現れるのは情けなかった。




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ゆりあが姿を消した原因は何か。毎日何時間も考えた。最後に手を握ったあの日、ゆりあは俺に何を伝えたかったんだろう。

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2021年8月 定食屋「ほな、帰ろ」 店内




ユウキ
「・・・」

いつもなら美味しくて瞬間に食べ終わってしまうオムライスもこの日はちっとも減っていない。

カシコ
「ユウキさん・・・」

ユウキ
「ん?」

カシコ
「食欲・・・ないんですか?」

休みの日なのに電話が鳴ったもんだから出てみたら驚いたもんだ。あの有名ファッション雑誌「Salan」の専属モデルであり、優秀なCAとしても働くカシコが食事の誘いをしてきた。カシコとも1年以上顔を合わせていなかった。

ユウキ
「いや・・・」

カシコ
「私より食べるの遅いじゃないですか・・・?」

ユウキ
「・・・」

大将が顔を乗り出してこっちを見ている。それに、周りの客もひそひそと話しながらカシコの方にチラチラと目をやってるのがわかった。

カシコ
「何かあったんですか・・・?」

ユウキ
「ううん・・・何も」

カシコ
「・・・なんか痩せましたよね、ユウキさん」

ユウキ
「そうかな・・・」

カシコ
「うん。それも・・・ダイエットして体を絞ったというよりは、病気の時に食欲が無くて痩せたような痩せ方」

ユウキ
「・・・」

スプーンを口に運びながらカシコから目線を反らした。この時にも最後にゆりあと手をつないだ日を思い出したからだ。

カシコ
「・・・ゆりあちゃんと何かあったんですか?」

ユウキ
「っぶ・・・!!ゲッホ、ゲホ・・・!!」

カシコ
「だ、大丈夫ですか・・・!?」

カシコは水の入ったコップを俺の前に置いた。何にむせたのかはわからない。とりあえず水を飲んだ。

カシコ
「・・・」

ユウキ
「ごめん・・・大丈夫だ」

カシコ
「良かった・・・」

カシコの目はいつ見ても透き通るように綺麗だった。だからわかる。本気で心配してくれてるんだって。それで・・・隠しているのが歯がゆい気がしてきて俺は口を開いた。

ユウキ
「・・・なかなか鋭いんだな」

カシコ
「え?やっぱり、ゆりあちゃんが原因・・・?」

ユウキ
「そうだ」

カシコ
「・・・別れた・・・とか」

ユウキ
「それに近いかもな・・・今の状況は」

カシコ
「え・・・冗談で言ったのに・・・」

ユウキ
「行方不明なんだ」

カシコ
「行方不明・・・!?」

カシコのその一言で店にいる全員がカシコの方を見た。

カシコ
「・・・ご、ごめんなさい」

ユウキ
「・・・気にするな」

カシコ
「連絡つかないんですか・・・?」

ユウキ
「つかない。家にもいない感じなんだ」

カシコ
「そんな・・・警察に通報とかは?」

ユウキ
「あまり大事にしたくないんだ。だから何もしてない」

カシコ
「・・・」

ユウキ
「・・・」

黙ってオムライスを口に運んだ。チキンライスが冷めて固くなっている。

カシコ
「私も何か、ユウキさんの力になりたいです・・・」

ユウキ
「もうほぼ手を尽くしたんだ。でも、もしゆりあを見かけたりしたら教えてくれないか。それだけでいい」

カシコ
「・・・」

そう、ほぼ手を尽くしたんだ。手を・・・・・ん?

カシコ
「ユウキさんが私のことを救ってくれたように、今度は私がユウキさんのことを救います」

テーブルの上に置いていた左手の上にカシコが右手を乗せていた。白くて華奢で細長い指の先に薄いピンクのネイルが施されていた。

カシコ
「私・・・今でもユウキさんのこと、好きです」

ユウキ
「!!」

カシコ
「あれからずっと1人なんです私・・・。仕事が忙しいから時間はあっという間に過ぎちゃうけど、寂しいなって感じる時があって。そうするといつも、ユウキさんのことを思い出すんです・・・」

ユウキ
「・・・」

どこを見ていればいいのかわからなかった。カシコの言葉は間違いなく周りの客にも聞こえている。どういうつもりなんだ、と。

カシコ
「でも、ゆりあちゃんには勝てないです」

ユウキ
「・・・」

カシコ
「ユウキさんとゆりあちゃんがいなかったら、私はずっとアンジと地獄のような日々を過ごすことになっていたと思う。あんなにもユウキさんを信じていて愛していて・・・だからこそ、私を助けようと協力してくれた。私が恋敵になるかもしれないってわかっていたはずなのに、ゆりあちゃんはユウキさんと一緒に私に手を貸してくれた。あんな人、見たことが無い」

ユウキ
「・・・」

カシコ
「ユウキさんが好きだから・・・この想いは届かないとしても、せめてユウキさんの力になれるようなことはしたい。ましてやそれがゆりあちゃんも関わることであれば尚更」

カシコは俺の手を強く握った。少し震えているようにも感じた。

カシコ
「今は心配なことがたくさんあるかもしれないけど、絶対に諦めないでください。ゆりあちゃんは必ず、ユウキさんの元に帰ってきますから」

周りからは俺たちはどんな風に見えているんだろう。週刊誌のスパイでもいれば完全に写真を撮られてもおかしくない瞬間じゃないか、なんて考えたりもした。どうして日本のトップモデルが俺の目の前で・・・俺のために必死に話をしてくれているんだ?

ユウキ
「というか・・・」

カシコ
「え?」

ユウキ
「あ・・・いや」

心の声の一部が言葉に出てしまった。この時俺は思ったんだ。そう、周りからどう見えているかって考えた時に「これって、浮気なのでは?」と。ゆりあに対する裏切り行為に等しい・・・いや、でもカシコは友達だしな・・・。

カシコ
「大将!!」

大将
「へいっ!!」

カシコ
「アイスコーヒー、おかわりちょうだい!」

大将
「へい、まいどっ!!」

ユウキ
「・・・」

カシコはずっと俺の手を握っている。そこでまた、ゆりあと最後に手をつないだ日を思い出した。

カシコ
「・・・あっ、ごめんなさい」

ユウキ
「いや・・・」

俺の頭の中が読まれたかのようにカシコは即座に右手を引っ込めた。

カシコ
「・・・ここのオムライスとアイスコーヒーって・・・なんか無限に食べられる気がするんですよね!!」

ユウキ
「・・・」

あの日、ゆりあは急に明音の話を持ち出した。それは偶然、卒業コンサートがあって本当に誘いが来たからかもしれないが、どういうわけか瑞葵と金村の話もしてきた。

カシコ
「・・・ちょっとお手洗いに行ってきますね!!」

ユウキ
「あぁ・・・」

もしかして・・・俺がアイドルファンを続けていることが、ゆりあと俺を引き離すきっかけになったんじゃないか?ゆりあの存在がありながら、女性アイドルに興味を持ち続けていること自体に問題があるんじゃないか?そういう考えが過った。でも、俺がアイドルファンを続けていることに対してゆりあが文句を言ったりするようなことは一度も無かったし、むしろ積極的にアイドルの話をしてくるぐらいだった。だとしたら何が・・・

ユウキ
「ん?」

机の上でカシコのスマホが振動を起こしていた。反対側からでよくわからなかったが、誰かから電話が来ていたようだ。振り返ってカシコを呼び止めようとしたが、既にトイレに入ってしまっていたようだった。電話は比較的すぐに切れた。

大将
「へい、アイスコーヒー!!」

ユウキ
「ありがとうございます」

大将
「お?カシコちゃんは?」

ユウキ
「今はお手洗いに」

大将
「ありゃ、それはタイミング悪かったねぇ」

ユウキ
「すぐ戻ってくると思うので」

カシコは俺と初めてこの店に来てから常連と化したらしい。特に大将はカシコのことを我が子のように可愛がっているようで、通常ならチャージが発生するアイスコーヒーのおかわりも実はタダで振る舞ってくれている。ビールでもないのにキンキンに冷えたジョッキにアイスコーヒーを入れてくるのがこの店の特徴だ。
だから、ジョッキの周りが水浸しになり始めた今、時間がかなり経っているということに気付いた。

ユウキ
「・・・」

腹でも壊したのかと思った。もしくはメイクを直しているとか。

ユウキ
「・・・」

この店は狭いこともあってトイレが男女共用になっている。2つある個室の内、カシコが入ったと思われる個室は今座っている場所からでも見えるところにあった。心配になった俺は扉の前まで行ってみることにした。

ユウキ
・・・!!

個室から泣き声が聞こえた。間違いなくカシコだ。声をかけようと思っていたが、思うように言葉が発せないでいた。泣いている理由は正確にはわからない。でも、ゆりあの話をしている時のカシコは少し言葉を詰まらせるような場面もあったことから、ゆりあが原因だったのかと考えた。それはつまり、俺とゆりあの愛がカシコを泣かせたというのか。

ユウキ
「・・・」

俺は黙って席に戻り、そのまま残っていたオムライスを一気に食べた。カシコが見ていないと何故かすんなりと食べることができた。アイスコーヒーの氷が解けて薄まってしまっているのが見ただけでわかった。




女子大生っぽい女
「カシコちゃん、あんな男のどこが良いんだろうね?なんで食事なんて行こうって思ったんだろう?」

派手な格好の女
「さぁ?あの男が強引に誘ったんじゃない?なんか彼女とかいなそうだし。仕事のツテとか」


本人たちは小声で会話しているつもりだったんだろうが、はっきりと声が聞こえていた。


ユウキ
「・・・」


彼女たちの言ってることは半分ぐらいは当たってる。正直、何の取柄も無い自分に好きと言ってくれたカシコの考えていることは理解できなかった。ずっと俺の恋は・・・負け越しだった。なのに急にどうして、こんなにいろんな人が俺を見てくれるようになったのだろう。


アンドリュー・アンダーソン
「あなたの妄想だからですよ」

ユウキ
「!?」




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ユウキ
「はっ!?」

机に伏せていた顔を起こし辺りを見渡すユウキ。

ユウキ
「・・・」

書き途中の日記に無造作に線が引いてある。

ユウキ
「回想してたら意識が飛んでたのか・・・?」

ぴーす
「Zzz・・・」

ユウキ
「・・・」

時計の方を見るユウキ。午前1時26分だ。

ユウキ
「・・・」

時計の下のポスターに写るユウキとゆりあは満面の笑みでお互いを見ていた。

ユウキ
「俺は・・・妄想なんか最初から見ていない。ゆりあと誓った愛は・・・現実の答えだ」

再び日記に文字を綴るユウキ。強く風が吹きつけ窓をやかましく鳴らす不気味な夜だった。






完。

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※この物語は、妄想を現実に変えたと言いながら妄想を描くことしかできない青年の葛藤から生まれたフィクションドラマです。