午後7時。 店の中は浮かぬ顔のサラリーマンや、これから仕事だよ、みたいなオッサンの
おなじみの顔がちらほら並んでる。
今日は水曜日。俺が週一、おじさんの頼みでこの「バー・ロマネスク」でバーテンダーとして働く日。
俺はアンドレ・グランデイエ。本業は小さなレストランのシェフ。そこそこに有名なフランス料理店を転々として、それなりに腕を上げて最年少料理長を勤めたこともある。
でも数年間のそんな修行をして、最高の食材を任されていても満たされないものがあった。
で、俺は結論を出した。 テーブルに覚えきれないほどのカトラリーが並び、たくさんの皿が花のように重ねられた金持ちだけが食べることの出来る高級レストランよりも、一品料理とパン、それに安いグラスワイン片手に幸せになれるレストランで、オッサンやおばちゃん、旦那の目を盗んで外食楽しみに来てる若いママが来るカジュアルな、でもチェーン店じゃない店で料理作るのが自分の夢だって。
そんなある日、小さなレストランに入った俺は、そこで食べたランチに感動した。値段はリーズナブル、味は今まで巡り合ってきた1流レストランのどのランチよりも美味しかった。でもその店は、老夫婦二人でやっているためにいずれは店を閉めるんだ、と残念そうに笑っていた。
俺の心に迷いはなかった。店を継がせてくれ、と老夫婦に頼み込んだ。30そこそこの大柄な男が、ランチを食べた後にいきなり頭を下げて跡を継がせてくれと言われて、二人はたまげていたが、最後には穏やかな笑みを浮かべて「いいよ。その代りにこの店の自慢料理はちゃあんと受け継いでおくれね。」とご主人に言われた。
それからというものは、ご主人についてこの店の味を引き継ぎながら、ランチタイムにたくさんの客が訪れてくれる毎日を楽しんでいた。偉そうな料理を運んでいた時と違って、子供が口の回りにソースをつけて「メルシ」と言ってくれるのがすごく嬉しくて。
1年前。叔父がふらりとレストランに食べに来てくれた。
叔父は生粋の粋人で、小さい頃から俺が料理やお菓子作りに興味がある事をすごく誉めてくれていた。「人生は一度きりだ。やりたいことやれよお、アンドレ。それにな、料理ができる男は女にもモテるぞ。」まだ思春期前の俺にそう言って頭を撫でてくれた。
だから俺が料理の道に進んだとき、誰よりも喜んでくれたのは叔父だった。俺が1流レストランのシェフを辞めてこの店に働きだした時も、「お前らしい選択だなあ。まあ、みんなが美味いって食ってくれるもんが一番のご馳走だよな。」と一杯ご馳走してくれながら笑ってくれた。
そんな叔父が、ランチを堪能して、食後の珈琲を飲んでいる時、俺を席に呼び寄せた。
「なあアンドレ。この店は水曜日が定休日だっけ?」
「え?ああ、そうですよ。」
「すまないが、当分の間、水曜日だけウチのバーでバーテンダーやってくれないか?」
「え?オレシェーカーふったことないですけど・・・興味はあります・・・けどね。」
「大丈夫。俺が特訓するよ。な~に、お前だったら呑み込みが早いからすぐに覚えられるさ。」
叔父はパリではちょっとは名の知れたイケメン・バーテンダーで、若い時は随分と浮名を流したと聞いている。時々、頬にひっかき傷をつくっては、照れたように笑っていたが。
そんな叔父が大好きな俺は、その日以来、暇な時間を見つけては叔父のバーでバーテンダー修行をした。元々器用なのと、飲食業についていることも幸いして、半年も経つと、俺はそこそこのバーテンダーとして、客にカクテルを作れるようになった。
「おー、今夜はアンドレが来てんのか。だとしたら女の客が来ること請け合いだな。」
「ったく・・・やめてくださいよ。ほらあ、まったく女っ気ないじゃないですか、この店。」
こんな軽い冗談を客と言い合える店なので、お客のリクエストで軽い食事を作ってあげることもしばしば。偉そうなレストランでは味わえない楽しさを味わっていた。
そんな水曜日の夜に、「ギイイ・・・」と店の扉を開ける音と共に、眩しいような金髪
の女が店内に入ってきた。
「こんばんわ。いらっ・・・」声を掛けようとして、俺は止まってしまった。
何故かって?
眩しいほどのプラチナブロンドを無造作に靡かせたすっごい美人が、ダークブルーのカクテルドレスに身を包んで、こんな店の止まり木に座ったんだぜ?すごくない?
ついでに言うと・・・すごい不機嫌な顔!・・・なんだな。
さっきまで俺と軽口叩いて、猥談とばしてた客も、何だかネクタイのほこり払ったり、
髪の毛撫でつけたりしてる・・・男って単純だよな。
俺は気を取り直して彼女にニコッと微笑んだ。
「いらっしゃいませ。何にいたしましょうか。」
すると彼女・・・キッと俺を睨んで(コワイ!)「何か強いお酒をちょうだい。」
何?わけあり?どうしました、マドモアゼル?
「かしこまりました。え・・・と。ここに来られる前、お酒を召し上がってますよね。
何を飲まれましたか?それによってお勧めするお酒が違ってきますから。」
「・・・・覚えてない。おぼえてないのよ、つまらないお酒だったから。」
なるほどね。でもこういう時の俺は、マダムキラーだぜ?お嬢さん。
「素敵なドレスに見惚れてしまったけど、パーテイ―か何かかな?」
自分でもよくわからんが、俺の話し方は鉄壁のおば様さえ微笑ませる才能があるそうだ。
だから口の悪い友達は「天然のタラシ」だの「コックスーツ着たホスト」だのさんざんな事を言いやがるが。
「同僚のね、結婚式だったのよ。」目の前のプラチナブロンドが口を開いた。
「それは!おめでとうございます。」
「親しい友人の結婚式だから、心から祝福したわ。そしたらね。」
そしたら・・・?
「招待されていた同僚の男性が何人も、『ジャルジェ君はまだ結婚しないの?そんなに綺麗なのに?』だの、『仕事ばかり燃えてないでさ、この後俺と付き合わない?』って。ひどいと思わない?みんな彼女持ち、奥さん持ちよ?』
「それは・・・ひどいね。」
「あんまりしつこいから私、テーブルにあるお酒を手足り次第、飲んでやったわ。だから、
何飲んだかわかんないのよ。おかげであいつら、早々に逃げて行ったけどね!」
何だか俺は、すっごく嬉しくなった。
綺麗なのにサバサバしてる彼女がとっても可愛くて。
そのセクハラ男どもを蹴散らしたのが小気味よくて。
アハハ・・・、と笑うと、彼女は口を尖らせた。
「私、変?あなたもけらけらと笑ってる。」
「いや!すごくカッコよくて、さっぱりしていて素敵だよ。でも。」
「でも?」
「何も食べてないでしょ。ちょっと待ってて、何か軽いもの作るから。」
そう・・・。今彼女に必要なのは、お酒の前に心を温める食べ物。
戸惑い気味の彼女に背を向けて、俺は小さなキッチンで料理を始めた。
久しぶりの連載物です。不定期ですがよろしくお願いします。
