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ベルばらが好きで、好きで、色んな絵を描いています。pixivというサイトで鳩サブレの名前で絵を描いています。。遊びにきてください。

 今、オスカルは昼間の戦闘の舞台となったチュイルリー宮広場からほど近い古びた小さな教会の中にいた。

日付は1789年7月13日の夜更け。蒸し暑い夜のはずなのに、彼女の体は冷え切っていた。むしろ体の全機能が凍り付いているといったほうがふさわしい。彼女はあるものをずっと凝視していた。
 「隊長・・・!」振り絞る様な声でアランが彼女に声をかけた。「もう・・・・布を掛けてやりましょうや。アンドレだって、あいつだってもう、眠いでしょうし。」彼の言葉にオスカルは答えることなく、今まで凝視していたもの・・・数時間前、自分を庇い、銃弾に倒れ、自分の名を呼びながら死んでいった夫・・・の顔に自分の頬を摺り寄せた。まるで確認するかのように、まるで子供の様に。
 「花に覆われているからなのか?アンドレ、昨夜お前に移した私の香りはすっかり消えてしまったのだな。」そして彼女の目から新しい涙がハラハラとこぼれた。彼女の想いは彼からもらった香りにさかのぼる。それはまた、彼の青春時代の苦悩から端を発するものでもあった。
 オスカルが近衛隊連隊長として、宮廷につかえていた頃の事だ。アンドレは一人、パリのある調香師の店を訪れていた。秘密厳守、そのうえ、わがままなリクエストにも答えるというこの店は女性だけでなく、娼館への土産、訳ありのご婦人への贈り物にと考える男性客も多かった。
「で、どんな香りがご所望ですか?お客様。」その店の調香師、ジョルジュが好奇心をもった笑みを浮かべてアンドレに語りかけた。無理もない。貴族の屋敷に仕えているであろう洗練された出で立ちの男が暗い表情をして香水を買い求めに来ているのだ。道ならぬ恋、はたまたパレロワの高嶺の花への憧憬ゆえに、女の欲情を高めるための香りでも求めに来たのか、調香師はあれこれと想像する。
「そうだな・・・。新緑の香りが立ち込めるような、その中に凛とした水仙の花がくっきりと咲き誇っている・・・そんなイメージで調香してもらいたい。金ははずむよ。毎日忙しくって飲みに行く以外、金を使う暇がないんだ。」
ひゅうっと口笛をふき、調香師はこの若い客を見た。なんとまあ、欲のない注文だ、女のリビドーを掻き立てる東洋の曲がりくねった植物でも使ってやろうと思っていたのだが。「あ、でも。」アンドレは付け加えた。「薔薇の香りは入れないで欲しい。あの香りには少々うんざりしているんだ。」そうしてアンドレは遠い目をして数日前の出来事を想い出していた。悲しい現実を目の当たりにした、あの日を。


 数日前、オスカルは屋敷に調香師、ジャン・ルイ・ファージョンを招き、自分用の香水を作ってくれるよう依頼した。「屋敷の薔薇園の香りを香水にして持ち歩きたいのだ。」はにかむようにオスカルは注文をした。マリー・アントワネット王妃もたいそうお気に入りのこの調香師は、美しき麗人に、にこやかに応じた。「王妃様の香水も承っておりますわが工房で、つくれない香水はございませんでしょう。ましてや貴女のような麗しいお方にご注文をいただけるなんて、調香師冥利に尽きるというものでございます。必ずや、ご希望の香りをご用意させていただきます。」
 

 ジャン・ルイ・ファージョンが屋敷を辞したのち、オスカルはモスグリーンの気に入りのソファーに身を沈めほうっと息をはいた。
 

 あまりにオスカルらしくない商品の注文にアンドレは何かざわざわしたものを感じた。銀色のトレーに冷たいレモネードを載せ、部屋に入ってきたアンドレの気配にオスカルは一瞬びくりとした。わざとらしく物憂げに窓の外の花々に視線を移す彼女。会話に踏み切れない、何かが二人の間にとどまっていた。
「なかなか珍しい買い物をしたようだな、オスカル。」アンドレはつとめて明るく話しかける。「あ・・・
うん・・・薔薇の香りの香水を身に着けようと、思ってな。オーストリアからお輿入れの王妃様はとても綺麗好きな上にお好みがはっきりしておられる。私は通常、軍務につく身。汗臭いのも失礼であろう。かと言って、あまりにも違和感のある香りではよくないかと思ってな。アントワネット様が使われている香りに近い、薔薇の香りにしてみたのだ。」
 オスカルはアンドレの目を見ないでそう答えた。アンドレは見抜いていた。真の理由はそれではない。アントワネット様と密かに愛を育んでいるあのスエーデンの貴公子フェルゼンに、オスカルもまた、心惹かれているのをアンドレはうすうす感じていた。それはとうていかなわぬ想い。自らが護衛する高貴な女性の想い人に恋をするなど、酔狂もはなはだしい。いや、それ以前に帯剣貴族の跡取りとして育てられた彼女にとって、愛だの、恋だのという感情はいだく事さえタブーなのだと自らに足枷をはめているオスカルであったから。ならばせめて、自分の想い人が愛でているであろう香りを纏っていたい、とオスカルが願ったとしても、なんの不思議もない。彼女がおかれた境遇を考えるとすれば、今回の行動はなんといじらしく、可愛く、せつないものであろうか。でもこの事実はアンドレの胸を大いに締め付けるものであった。。身分違いという事を差し引いたとしても、目の前の自分は彼女の恋愛の対象にすらなっていないという事実をつきつけられたのだから。何やらバツの悪そうな顔で薔薇園を見ているオスカルの背中をアンドレは呆然と見守っていた。

オスカルが調香師をよんだ数日後にアンドレが注文した例の香水は、オスカルの手元に届くわけにもいかず、アンドレの部屋の片隅に置かれ、年月とともに蒸発し、なくなってしまった。
オスカルが所望した香水は瀟洒なベネチアンガラスの瓶とともに彼女のもとにきたものの、使われたのはたった一度きり。それはオスカルがただ一度、ドレスを着て舞踏会へ行った時のこと。派手ではないが、気品にあふれた彼女のドレス姿にその香水の意味を知ったアンドレは、その夜、パリの酒場で夜を明かした。
 

しかしながら、その日を境に、ベネチアンガラスの瓶はその中の液体と共に、オスカルの部屋の調度品となり、二度とその蓋は開けられることはなかった。
 

 長い年月が流れた。
 そして今、辛い思い出があったからこそ、アンドレは腕の中の幸せをかみしめている。「あの時、俺はお前の香りを選んだんだ。お前にまとって欲しい香りを俺が調香師につくらせた。いや、手の届かないおまえだったから、お前のかわりに俺は手に入れたかったのかもしれない。」アンドレは夏の空を見ながら思う。腕の中には金髪の美しい恋人。二人は屋敷からほど近い高台にいた。緑深い巨木にもたれ、つかの間の甘い一時を過ごしていた。
 

「何を…考えている?」アンドレに身を沈めながら、オスカルが甘い声で囁く。ふだん強面の衛兵隊の連中に檄を飛ばしている時の彼女からは想像できない柔らかな女。アンドレの心がざわざわとさざめく。「何でもない。それよりオスカル、目をつぶって。」笑いながら目をつぶるオスカルの耳たぶの裏とうなじにヒヤリとしたものが触れた。「ウわっ。これは何?アンドレ。あ・・・なんだかとってもいい香りだ。」
「以前・・・こっそりとお前のために調香師に注文した香水があって。でもその頃お前は近衛にいて、アントワネット様と同じ香水を調香師につくらせていた。だから渡せなかったんだ。先日同じレシピでもう一度つくってもらったんだ。気に入ってくれたかな?」はにかみながらアンドレは白状した。

ああ、そうだ。あの頃私はフェルゼンに恋をしていた。彼に少しでも気づいてもらえたらと、アントワネット様と同じ、薔薇の香りの香水を求めたのだ。察しのいい、アンドレのことだ。どんなに苦しめたことだろう。どんなに切ない気持ちであっただろう。オスカルの胸は後悔でいっぱいになっていた。
「アンドレ、これからはずっと、お前の手で私にその香りをつけてくれないか。薔薇の香りよりも、この新緑の香りの方が好きだ。まるでお前に包まれているようで。」アンドレは微笑みながらオスカルの鎖骨のくぼみ部分と、手首の内側、うなじにまで、香りを付けた。そのあと、すっぽりと彼女を包み込む。香る新緑に彼女の香りと熱い吐息が混じりあった。

そして、その光景が今、オスカルの頭の中で、走馬灯のようによみがえる。愛おしさと、悲しみを体いっぱいに満たしながら。「昨夜、私がお前の妻になった時、お前は結婚指輪のかわりにと、私の体に香りをつけてくれたな。お前のように、優しくおおらかな香りを。重ねた皮膚を通して、お前の体にも香りは残っていたのに。」

7月14日。早朝。身支度を整えたオスカルは胸ポケットに携行してきたアトマイザーの中の香水を耳たぶの裏、うなじ、鎖骨のくぼみへと、彼がつけてくれていた全ての場所にふりかけた。

「さあ、行くぞアンドレ。昨夜の晩、二人で過ごした夜の闇を満たしていたこの香りを身に着けて、私は行く。アンドレ一緒に行ってくれるな?」
 
 オスカルは教会の扉をあけ、アラン達が待つ広場へと去っていった。


                                                             FIN
 

 

  切ないなあ・・・7月13日の彼女の心を考えると本当に切ないです。にしても、なんちゅう

ヘタクソな絵じゃろう。