　遠くから、羊飼いの少年や花を摘む少女たちの鈴の音のような声が聞こえてくる。

　甘く厳粛な、人生最大のイベントを前に、彼女は大きく息を吐いた。

　ウフフ、アイツはおどろくだろうな・・・。それまでは我慢しよう、少し、苦しいけどね。

軍務に自分の人生を賭けてきた。華奢な女の身を、金モールの肩章と群青色の軍服で包み、フランスのために捧げてきた。

　指揮棒は司令官。サーベルは盟友だった。でも、そのすべてを包む様に、自分を守りあやしてくれる

彼がいた。

　今日、私は今までの人生に別れを告げ自分の全てを包み込んでくれた彼に新しい人生を捧げるのだ。　

　嬉しさの中に甘い切なさを感じたオスカルの瞳からはツウ‥‥と涙が一筋流れた。

　おっといけない、せっかくのお化粧が流れてしまう。

　今日のため、村の世話好きな娘達が手伝ってくれた。

長い金髪を丹念に洗髪し梳いてくれた。、薄化粧を施してくれた自分の顔はとても清楚な花嫁の顔。

小首を上げ、ほぼ天井くらいまで届くガラス窓を区切る木枠に手を添え、彼女は外を見た。

新しい人生の旅立ちを寿ぐように、澄み切った空。ベルサイユとは違う、逞しく剥き出しの緑。

美しい野の花に、オスカルは目を細めた。

その時、ギイイ・・・と扉が開き、愛しい新緑の香りが彼女の元に訪れた。

「オスカル・・・・なのか？」アンドレは瞳を凝らした。

「全く…自分のおかみさんになる女がわからないかな？」オスカルは照れ隠しに「おかみさん」

などと言い、微笑んだ。でも、

彼女が身に付けている、美しい葡萄色のドレスはウエストから下が優雅に膨らんだプリンセス・シルエット。アンドレが心の中で描いていた、彼女のドレス姿。

「だってオスカル。貴婦人然とした膨らみのあるドレスをお前が俺のために着てくれるとは思っていなかった。俺は…俺はてっきりマーメイドシルエットの細身のドレスかな、と。」

「バカだなあ・・・。」悪戯っ子のように、オスカルは微笑み、アンドレの頬に手を添えた。

「ロマンチストの亭主の心を察しないほど、私は鈍感女に見える？それに。」

「それに？」

「お前のためだけの、ドレスだもの。」ただが外れたように、という言い方がふさわしいのだろうか？

彼女にしては死にそうなほど照れくさい言葉を発した後、その頬は桜色になった。

でも次の瞬間、頬は暖かな彼の手に包まれた。

「あり・・・がとう。幸せにするよ。」

「するよ、じゃない。一緒に幸せになるんだ。もう、お前は何でも自分一人でしょい込む。よくないくせだぞ？」

膨らんだドレス越しに、二人は口づけようとした、その時。

「そろそろですよ。皆さんお待ちかねです。」この土地へ来てから、母のように自分を気遣ってくれる

マダムの笑いを押し込めた様な声が扉越しに聞こえた。

「あとは、ね。お式の後でごゆっくり。」

主役の二人は照れくさそうに扉を開け、教会堂へと向かった。でも。

プリンセス・シルエットのドレスの下に新しい命がスヤスヤと眠っていることには、二人はまだ、

気づいていない。

教会堂へ行く道すがら、羊飼いの少年や、花摘みの少女達のまく色とりどりのはなびらが

二人のシルエットを追いかけた。

おしまい

彼に捧げるシルエット