　「本当に、何てお詫びしたらよいかわからないわ。」ゾフィーは寂しそうに微笑み、オスカルにシマジロウが入っているバスケットを手渡した。オスカルは束の間、離れ離れになっていたシマジロウの

柔らかな体を両手で抱くと、安堵感でスウ…と涙が出た。

　「何も、お聞きにならないのね、息子のしでかしたことを。」

　二人の間に、少しの沈黙が続いた。外には日曜日の終わりを惜しむ様に街灯が灯り、ビルの中の

テナントショップはそれぞれの色の光を深い青の闇に花をそえていた。

　午前中、ホテル・パンセのスイートでオスカルの代わりにゾフィーがのり込んだ。その間、オスカルは1階のコーヒーラウンジでアンドレに付き添われ彼女の返事を待った。

　小一時間ほど経って、オスカルの携帯が鳴った。もう何も心配はいらない、息子が貴女に迷惑をかけることは決してさせないと、子猫はすぐにお返ししますとゾフィーは彼女に詫びた。オスカルはくったりと、アンドレの胸に沈んだ。シマジロウにすぐにでも会いたいオスカルは、夕方にゾフィーと会って

返してもらう事で話がついた。

　沈黙を破ったのは、ゾフィーの方だった。

「貴女には本当に申し訳なかったけど、私ね、やっとあの子と向き合う事が出来た気がするの。」

オスカルはサファイアブルーの瞳をこの女社長に向けた。

ゾフィーは紅茶茶碗の紅茶を一口飲むと、オスカルに向き合った。

「昼間、フランツが貴女の名を呼んでドアを開けた時、『母さん？』って驚いた顔をしたの。もうその顔が、自分がしていることが全く分かっていない子供の顔でね。私は彼の頬を思い切りひっぱたいてやったわ。初めてなのよ、あの子に手を上げたのは。本当はもっと早くに、ものの善悪を教えなくてはいけなかった。あの子ったらね、子供みたいに泣きだしたの。そして私も、泣いてしまったわ。」

「社長・・・。」

「そうしたら何だかね、今まで言わなくてはいけなかったこと、言えなかったことをお互いにポツリポツリと話始めたの。私も、フランツも。]

「・・・・・。」

「あの子ね、自分が欲しいものは絶対に手に入るって思っていたんですって。バカだと思うでしょう、28にもなって。でも私が悪かったの。忙しさにかまけて彼と会話する時間を捻出しようとしなかった。昨日、初めてあの子は私に言った。『母さんに相談したい時もあったんだ。でも、いつも忙しそうだったね。』って。最低の親だわ。これまでたくさんの女性の美には貢献したのに自分の子供一人、

育てられなかったのよ。」

「全然・・・遅くないと思います。」オスカルは言った。「『子育て』に遅すぎなんてないと思います・・・あ、ごめんなさい、まだ子供を産んだこともない私が偉そうですね。私、6人姉妹の末っ子なんです。姉達はみんな、絵に描いたようなお嬢様ですが、両親は私の教育だけはすごく熱心だった。厳しいと思った時もありましたけど、培われた経験や知識は今、私の宝物です。でも両親は今になって私を厳しく躾けたことを後悔して、すごく甘やかしてくれてます。30にもなる私を、ですよ。

時々、面倒くさいと思うこともありますが、そんな親の気持ちが嬉しくて。」オスカルは続けた。

「ですから、これからゆっくりとフランツとの親子の会話をはじめられると思います。」

「オスカル、貴女は素敵な方ね。」ゾフィーは眩しそうに言った。「フランツにはたくさんのガールフレンドがいたけど、『オスカルを見た時、世界が変わった。』ってあの子言ってたわ。貴女の事を真剣に好きだったのね。不愉快だと思うけど、あの子の恋人が貴女だったら私はすごく喜んだと思う。」

そうしてごめんなさい、とゾフィーはオスカルの手をとった。

「フランツが、私を好いてくれた気持ち、今はすごく理解できるんです。だって私も今、アンドレを愛していてどうにもならないくらい彼を独り占めしたくなってしまうから。恥ずかしいですけど・・・恋をしてしまうとどうにもわがままで、自分勝手になってしまう。だからフランツの事、私はもう怒っていません。

少しでも早く、フランツが素敵な人と巡り合ってくれることを祈っています。」

ゾフィーと別れ、店をでると、オスカルはアンドレに連絡をとった。

「オスカル大丈夫だったか？本当は心配で・・・。」

「もう、心配性だなあ、アンドレ。ゾフィーさんと二人で会ったし、シマジロウもここにいるよ。」

「そっか・・・。遅くなっちゃうけど、ウチに来る？」

「そうだね、会いたい。でも・・・。」ちょっとはにかんだけど、オスカルは言った。「私の部屋へ来ない？

ユキも連れてきて。」

「光栄だね。それじゃ仕事が終わり次第、行くよ。」

夜10時。アンドレはワインとコンビニで買ったスイーツを手にオスカルの部屋をたずねた。

「ようこそ、私のお城へ。ほら、シマジロウ、あなたと私をひきあわせてくれた彼に、ご挨拶して。」

オスカルは丸々とした毛糸の塊みたいなシマジロウを抱いて、アンドレに微笑んだ。

「お仕事、お疲れさま、アンドレ。」ごく自然に恋人の頬に唇を寄せられる自分の変わりようにオスカル自らが驚いていた。

「城にお招きいただくとは光栄！ユキ、ほうらボーイフレンドとの感動の再会だぞ。でも俺にはお前達が愛のキューピッドに見えるよ。」ケージからアンドレに出してもらったユキは、「ニャ～オ？」と鳴きながら、シマジロウの所へ近づいていき、今まで離れていたのが嘘のように、ゴロゴロと一緒に戯れ始めた。

「じゃあまず、乾杯。」アンドレは買ってきたワインをテーブルに置き、オスカルが出してくれたグラスにワインを注いだ。

「何に乾杯しようか。」微笑みながら、オスカルは言った。

「悪い王子から君を取り戻せた事、かな？それともシマジロウとユキの再会？」

「違うわ。」オスカルは言った。「私はあなたに引き合わせてくれた神様に感謝の乾杯をしたい。」

「それは。」アンドレはオスカルの手を引き寄せた。「君に出会った日から、毎日神様に感謝していたよ、俺は。」アンドレはそうっとオスカルの額に口づけた。

二人は目を合わせた。

本当は今すぐでも口づけたい。でも、今唇を合わせたら、俺はオスカルの全てを・・・。今夜はもう少し

話したい。

本当はいますぐ、奪われたい、アンドレに。でも今夜はもう少し、話をしたいな・・・。

小さなテーブルに小さなケーキとチョコレート、ワインを並べ、夜更けの小さな宴会が始まった。

まずはここ2，3日、二人を脅かした恋愛事件、ゾフィーとの話、そして、お互いの可愛い猫の話も。

「ねえ、アンドレ。マリが言ってた。アンドレは昔から、『金髪の女の子を見ると、必ず振り返るの。

その度に違うなあってポツリと言うのよ。』って。誰か、心の中に忘れられない人がいるの？」

オスカルは実は、とても気になっていた。誰か、誰か忘れられない女の人がいるのではないかと。

人魚姫は王子に愛された。でも王子は、他所からやってきたお姫様に心奪われた。

小さな頃、あの童話を読むたびに、オスカルの胸はチクチクと痛んだ。

「ああ、マリから聞いたのか。理由は彼女にも話していなかったからね。ちょっと恥ずかしい話だけど、聞いてくれるかな。」アンドレはグラスをコトリと置いて、オスカルを見た。

「うん、聞きたい。」

「俺のおじいちゃんがとってもロマンチストでお洒落な人だったって話したよね。」

「ええ、素敵なおじいさまだと思ったわ。」

「うん。子供だった俺に、たくさんの話・・・恋の話も平気でするもんだから、おじいちゃんは時々マロンばあちゃんに怒られていた。ある日、子供だった俺は夢の中で金髪の女の子に出会った。最初はおじいちゃんたちが住んでる家の薔薇が咲く庭で。次はパリの町中の小さなバラ園で。じっと俺を見て、笑ってる。声をかけると消えてしまう。ある時は大人になった自分が、海で彼女に出会う夢を見た。それが、彼女が人魚の姿で、俺は浜辺を散歩していて。俺は彼女に一目ぼれした。」

「アンドレったら、ロマンチスト。」

「もう、笑うな！その後も、何度か彼女の夢を見て。おじいちゃんに話したら、『あきらめるなよ、アンドレ。そのこは必ずお前に会いに来るから。』って言ってくれた。俺が今書いている小説は彼女の事だ。

そしてある日、信じられないことが起きた。」

アンドレはオスカルの唇に右手の親指をあてた。

次に来るセリフは、オスカルにはわかっていた。でも、聞きたい。彼の口から。

「なに？信じられない事って。」

「夢の中の彼女は君だったんだ。やっと会えた。」

トレイに残っていた一粒のチョコレートをアンドレは手でつまみ口に含むと、その片方をオスカルの口に含ませた。カリリ・・二人で一つのアーモンドチョコレートを齧り、食べ終えると、二人の唇が触れ合う。

「私、アンドレに食べられたい。」

「俺は今夜、君を食べたいな。もうずうっとそう思っていたよ。」

「私は水槽の中で、ずっと待っていたわ。」二人は笑いあった。

アンドレがシャワーを浴びている間に、オスカルはベッドメーキングをしていた。

ベッドは窓際に置かれているので、少し離れたところのビルの灯りがチカチカと瞬く。部屋の灯りをけして、ベッド脇のルームランプを付けると、ポウッとベッドが柔らかな光で浮かび上がる。それを見ると、オスカルの心臓は勝手にトクトクと鼓動を速めてしまう。

カチャリ・・・。ドアの取っ手が下がり、アンドレが入ってきた。よく拭いたはずの黒髪の先から、水滴がスウ・・・と彼の肩に流れる。そんな水の一滴にすら、オスカルはドキドキしていた。

「オスカル、これは・・・。」アンドレの視線の先には、彼女のベッド。その上に敷かれていシルクのシーツは、光沢のある白い百合の花を浮かび上がらせていた。ルームランプの青い光に照らされて、まるでベッドの上が百合で埋め尽くされている。

「私の会社で高級寝具を取り扱っていて・・・中でもとても綺麗なシーツで衝動買いしてしまったの。いつか、すごく幸せな夜を迎える時に使おうって思って1年が経っちゃった。・・・・その、今夜をその日に、私はしたい。」

アンドレは何も言わず、オスカルを抱き上げると百合の花の上にフワリと横たえた。彼女のローブをやや乱暴に開くと、彼女の白い裸身が彼の前に晒された。アンドレは彼女の背中に手を回し、ローブを抜き取ると、ベッドサイドの椅子にそうっと掛けた。覚悟していたとはいえ、裸身をむき出しにされたオスカルは両手で胸を隠そうとしたが、アンドレはその両手をベッドに押しのけると、彼女の体を見て

ため息をついた。

「まるで、花畑に横たわるシルフィードだね。」

「こんなひねたシルフィードいない‥‥ていうか、あんまり見ないでアンドレ。恥ずかしいよ。」

でも、彼の視線を受ける彼女の繊細な部分は火照りと湿度を増し、彼を受け入れる準備に入っていった。

同じように、彼の視線に反応して膨らみを増しつつある果実をアンドレは手で覆った。指と指の間から除く赤い実は彼の口に含まれ、オスカルは我慢できず、甘い声を漏らした。

「我慢しないで。声を出してオスカル。」

「我慢できない。愛してる、アンドレ。」

「やっと会えたオスカル。俺はもう、君を離さない。」

白い肌と、少し日に焼けた肌のもつれあう姿が青いルームランプの下、光ったり、影を作ったりするたびに、彼等の体の下にある百合の花もまた、白く光っては、影になった。

そして・・・。激しい波が押し寄せ、二人の体が寝台の上で高く持ち上がった後、彼等は果てた。

ベッドに沈み込んだ二人の体の下の百合の花は、幸せなお湿りを頂いたせいで、心なしか

満開の時を迎えているかのように、見える。

朝が来た。カーテン越しの太陽の光が、二人を冷やかす。

「おはよう、オスカル。」

「おはよう、アンドレ。あ～あ、今日が出勤日なんて、神様は意地悪だなあ。」

それを聞いてアンドレは、ポツリと言った。

「そのことだけど・・・。ユキとシマジロウのためにも、俺達一緒に暮らした方がよくない？」

「え・・・？いやだな。」

「え・・・？そうか、ごめん。忘れて。」

「あの子達を口実にするのは嫌。私と一緒にいたいって言ってほしい。私だって・・・アンドレとずっと

一緒にいたいから。」

アンドレは一瞬、目を丸くしたが、再度オスカルをシーツの中へと引っ張り込んだ。ウフフ・・・と笑っていたオスカルの声が再び艶を帯び始めた。

おしまい。

本当に長々と、お付き合いいただきありがとうございました。ラブシーンはなるべく刺激を避け、大人しい表現にと努力しましたが、不愉快な思いをされた方、お許しください。最初は百合の花の上に眠るオスカルの絵を描いていたのがこの話の結末のヒントとなりました。イメージ的には、シルク地のシーツに百合の花の刺繍が施されたもの…といった感じで書いてみました。

お口に合いましたでしょうか・・・・？

夢の中で恋をして 最終話

夢の中で恋をして　最終話