　美味い四川料理を食べさせると有名な「シノワ」で、ゾフィーとジャンヌは食後のお茶を飲んでいた。

「久しぶりの中華はいいわね。なんだかこう、頭がスッキリとする・・・っていうのかしら。」

青磁の茶器を手の平で包み、ゾフィーはほうッとした表情でつぶやいた。

「あの、社長？何かお話があったのでは？何だかお元気がないようすだから。」

心配そうにジャンヌがたずねると、ゾフィーはため息をついた。

「そうね・・・。私からお呼びしたのですものね。ねえジャンヌ、以前あなたの会社で行われたパーテイに私の息子が出席したと思うのだけれどご存じかしら？」

「社長のご子息が・・・ですか？」

「ええ。貴女は直接会ったことはないと思うわ。名前はフランツ。フランツ＝コルベール。」

「フランツ様・・・・あ、もしかすると。」ジャンヌはバッグから手帳を取り出した。最先端のものは何でもためらわず取り入れるジャンヌだが、大事なこと、気になったことは逐一ペンで書き留めて置くのが彼女の長年の習慣であった。「注意事項」と設けられたページに

フランツ=コルベール　28歳。　コルベール食品勤務。　オスカル=フランソワ

こう記載されたキーワードにジャンヌはハッとした。そうだ、多忙だったため忘れていた。親友のオスカルに執心し、しつこく連絡先を聞いてきたあの男。

「・・・・ええ、確かにこちらの婚活パーテイに参加してくださいました。先月だったと思いますわ。」

「何か、なにか変わったことはなかった？何だかあの子、様子がおかしいの。」

「社長・・・。お母様とはいえ、ご子息のプライバシーですから。」

「お願いよ、ジャンヌ。プライバシー保護のことくらい、企業人である私は承知してる。でもこれは一人の母親として聞いているの。何か人に迷惑をかけるような事を考えているのではと。私が仕事にかまけてあの子と向き合わなかったこともあったわ。だから教えて、ジャンヌ。」

ゾフィーは先日、アンドレが自社を訪ねてきたこと。それに関する息子の不審な言動や、気になる行動についてジャンヌに打ち明けた。高価なアクセサリーや、花も、カードで購入していた。

「そう・・・でしたか。実はご子息・・・フランツ様はパーテイに参加していたある女性を大変気に入られたご様子で。」そしてジャンヌは、それからの彼の執拗と言っていいほどの彼女への執着を打ち明けた。

「贈り物はオスカルへ贈ったものだと思います。でも多分・・・これは親友の勘ですが・・・オスカルは今、ある男性と想いあっていると思います。それが多分、アンドレ。アンドレ=グランデイエ・・・エトワールの店長だと思いますわ。」

その事を知ったのは、オスカルとのラインのやり取りでつい最近の事。ああ、あのアンドレがついているのなら大丈夫かしら、と半ば安心していたのに。

その事を知ったゾフィーは青ざめた。フランツの想い人がオスカルという女性。彼女の恋人がアンドレだとしたら、昨日の言動が何を意味しているのか、母親はわかった。

小さな頃から、自分の欲しいものは何でも手に入れてきた息子だから。

「社長？大丈夫ですか？」心配そうに顔を覗き込むジャンヌに、ゾフィーは言った。

「ジャンヌ、助けてほしいの。あの子がとんでもない事をする前に、ね。」

オスカルの部屋にて。朝。

昨日アンドレの部屋で、フランツからの電話を受けたオスカルは、アンドレに付き添われて自分の部屋へ戻ってきた。部屋の中が荒らされている様子はなくてホッとしたものの、シマジロウがいなくなったことでオスカルは恐怖と悲しみに打ちひしがれていた。今日は土曜日だが、明日、ホテル・パンセのスイートでフランツが待っているという。

「君を一人で行かせるわけにはいかない。」というアンドレの気持ちは当然の事だろう。

「この部屋の合鍵をつくることくらい、金持ちのバカ息子なら金をばらまいて何とでもしたはずさ。

あいつに君を渡さない。絶対に。」アンドレはオスカルをふんわりと抱いた。

昨夜、アンドレはオスカルが寝付くまでベッド脇の椅子に座り、手を握ってくれていた。心弱っている女のベッドの中に入ることくらい、容易な事だったのに、アンドレはそうしなかった。

　抱き合いたかった。でも今の状況で愛し合ったとして、二人の心には暗雲が立ち込めている。

結ばれるときは、幸せな気持ちでそうなりたい。幸せに満ちて朝を迎えたい。

　オスカルも同じ気持ちだった。だけど・・・・。

触れたかった、彼に。不謹慎だけど、彼の優しさが、もどかしくも思った。

「シマジロウ・・・。どうしてるかな。私一人で来いって言ったんでしょう？」

「何とか考えよう。明日までまだ時間があるから。」アンドレがそう言った時、オスカルの電話がなった。二人顔を見合わせ、緊張した面持ちで、オスカルは電話に出た。

　翌日。ホテル・パンセ。6階スイートルームにて。

フランツはルーム・サービスでシャンパンとスイーツやフルーツを数種類注文してオスカルを待った。オスカルの部屋には、知り合いの女を使って入らせ、猫を連れ出した。今頃彼女が、猫の面倒を見ているはずだ。

オスカルを抱くのに、猫がいたんじゃムード台無しだものな・・・とフランツはほくそ笑んだ。

極上の部屋で、シャンパンにスイーツ。このシチュエーションで堕ちない女なんていないさ。今までだってそうだった。ましてや僕は、社長の御曹司だぜ？

フランツはオスカルの肢体を思い浮かべながら、自分の服装を姿見にうつして最終チェックに入った。

約束の時間。　部屋のドアにノックの音が響いた。

「待っていたよ。さあ、入って。」嬉しさを隠しきれず、フランツはドアの方へ向かった。

そこには、きちんとスーツを着こなしたゾフィー・コルベールが立っていた。

「母さん・・・。」

次の瞬間、長身のフランツの顔に、母の平手打ちがとんだ。

次回、最終回です。（予定）

夢の中で恋をして⑪