そもそもの出会いは何とも珍妙なものであった。それにやや、けんか腰・・・・だった。

　仕事に向かう途中のオスカル・フランソワは、コンビニの片隅に置かれた段ボール箱…いや、厳密に言えば、箱の前にしゃがんでいる足長の（しゃがんでいても、かなりの長身で足が長いとわかる）男性の姿が目に入り、思わず立ち止まってしまった。

「ほ～ら、食べな。今そこのコンビニで買ってきたメシだ。美味いぞ。」彼が背中を曲げて、箱に向かって話しかけているので、オスカルは恐る恐る、彼に近づいてみた。

「あの・・・・。」

「は？ああ、なんでしょうか。」こちらに顔を向けた、その瞳がとても綺麗な黒髪と黒い瞳に、オスカルはドキリとした。

「あの、何していらっしゃるの？」

「ほら、これですよ。」彼が指さした先には、段ボール箱の中で、二匹の子猫が遅めの（？）朝ご飯を堪能している。一匹は白猫だが、もう一匹はアメリカンショートヘアーの雑種だろうか。

「うわ、可愛い！」オスカルは歓声をあげた。「こんな子達を捨ててしまうなんて・・・ひどい。」

「まあ・・・ね。最初可愛いくて飼ったものの、育てきれない・・・経済的に、時間的に・・・そんなところでしょう。こんなに可愛いのにね。」

時間は８時。ヤバい。そろそろ会社に行かないと。

「あの…その子達どうなるの？」

「う～ん。このままだと殺処分されちゃうかな。しょうがない、俺が引き取ろうかな。」

「あの、それなら私に一匹。私小さい頃から猫を飼いたかったんです。」

「君が？」彼はちょっと心配そうに彼女を見た。「俺は一人っ子で動物を飼うことには慣れているけど、

大丈夫？飼ってみたい・・・なんて淡い憧れだけで飼うものじゃない。子供を育てることと同じなんだぜ？」

オスカルはムッとした。何？この人。ハンサムなくせにおじさんみたいな説教するのね。オスカルは半ば意地になった。

「できますよ。私には無理なんて、決めつけないでいただきたいわ。」

無駄にイケメンの黒髪の彼は、面白そうにオスカルを見た。

「わかった。じゃあ、百歩譲って君が一匹を引き取るとして、だ。君、これから仕事なんでしょ？」

「そりゃまあ・・・そうですけど。」

「仕事の終業時間は何時？」

「・・・今日は、何もなければ、五時きっかりに終わります。あのビルに会社が入ってるの。」

そう言ってオスカルは、前方にそびえたつ、ラ・ファイエットビルを指さした。パリでは何かと、待ち合わせの場所に使われているやたら背の高いビル。

「ほう・・・・。」彼はちょっぴり感心したような素振りを見せた。「それなら、君の足なら、１０分で来れるかな？じゃあ、こうしよう。このままじゃこの子達は可哀そうだ。だから俺が５時半まで２匹とも面倒見ているよ。５時半までに君が来たらどちらか一匹の親になってくれ。その時間を過ぎたら、俺が引き取る。」

もう、後には引けない。オスカルも承知した。

「わかったわ。その代り私が来たら、一匹引き取らせていただきます。」

「待ち合わせは、ここでいい？」

「結構です。必ず、伺いますので。」

「君、名前は？俺はアンドレ。アンドレ・グランデイエ。取引先の名前は知っていないとね。」

取引先ですって・・・？いささかムッとしたけどオスカルは冷静を装った。

「そうですね。私は、オスカル。オスカル・フランソワと言います。」

「オスカル・フランソワ・・・いい名前だね。」

そう言って微笑んだアンドレの笑顔にオスカルは心臓を鷲掴みされるような衝動をおぼえた。

「じゃ、じゃあ、５時半にここに来ますので。」オスカルは動揺を悟られまいと、足早に立ち去ろうとした。

その時。

ヒールのかかとが石畳と石畳の間の溝にハマってつんのめりそうになった。

「危ない！！」前に転びそうになったオスカルを片手で軽々と支えたアンドレは、心配そうに言った。

「あの・・・本当に大丈夫か？猫よりも自分の身の方が・・・。」

「もう！ありがとうございました！でも、ちょっと失礼じゃない？」

彼に支えられたことと、彼の少々失礼なジョークで、オスカルは真っ赤になって職場があるビルに

今度こそ足早に到着した。

午後６時１５分。オスカルは朝と同様、足早に朝のコンビニの方へと歩いていた。彼女の仕事は秘書。

今日に限って、社長の大事なお客様が５時１０分前に来られた。よりにもよって、大変話し好きで

オスカルの事を大変気に入っている取引先の専務。少し、余裕を見て時間を言っておけばよかった・・・。

結局客が帰ったのは３０分後。おまけに外は雨が降っていた。

「もう、彼はいないかな・・・。」オスカルは半ばあきらめムードで歩も遅くなっていた。子猫にミルクをやって、あの可愛い仕草を見ながら休日の半分を過ごす…そんな妄想を今日の午前中抱いていたのに。

　コンビニが見えてきた。すると・・・背の高い男性が、段ボール箱に雨がかからないよう、自分は濡れたまんまで立っている。オスカルの姿に気が付くと、微笑んで片手をあげた。

え？待っていてくれたの・・・？

「あの…遅くなってごめんなさい。もういないかと思った。」オスカルは自分の傘を彼にもわけてあげようと

背伸びした。

「う・・・ん。そう思ったんだけどな。何故か待っちゃった。それに君、この子を大事にしてくれそうな気がしたからね。」彼の言葉に、オスカルはちょっぴりウルウルしてしまった。

「本当にありがとうございます。あの、寒くないですか？」

「大丈夫です。俺は馬並みに体力あるから。それよりも、どっちの子がいい？」

「それはあなたが…アンドレが決めてください。お待たせしたし。」

オスカルは本当は、アメショの子が欲しかった。

「じゃあ、俺は白猫の方がいい。この蒼い瞳。セクシーだと思わないか？」アンドレはウインクして

白猫を抱き上げた。「そういや、君も綺麗な蒼い瞳だね。」

こいつ、何言ってんの・・・・？オスカルは半ばあきれ気味にアンドレを見上げた。

「それではこのアメショの子をもらっていきます・・・あの、ありがとう。」

「いいえ、こちらこそ。雨の日に美人を待ってるってのも悪くないね。じゃあオスカル。また会えるといいな。」

そう言って彼は、すでに用意していたバスケットに白猫を入れると、軽快な足取りでその場を去った。

オスカルはアメショの子を抱いたまま、しばらく彼の後姿をポカンと見つめていたが、その日はタクシーを拾って家に帰った。

夢の中で、恋をして①