ここ数日、五月とは思えないような肌寒い日が続いています。
皆様、風邪など召されませんように、体調には十分ご注意ください。
さて、明日は憲法記念日ですね。今から66年前、1947年5月3日に現在の日本国憲法が施行された事を記念する、国民の祝日の一つです。
今日は、憲法についての現在の私の認識を少し書かせていただこうと思います。
今、国会議員の方々の間で、憲法改正について様々議論されている事については、皆様もテレビなどの報道を通じてご存じのことと思います。
憲法改正について、皆さんどうお考えですか?
絶対に一言一句変えるべきではない!といういわゆる「護憲派」の方。
根本的に大きく変えるべきだ!といういわゆる「改憲派」の方。
そもそも、憲法についてあまり知らないから分からないよ!といった方も少なくないと思います。
憲法についての、認識の度合いや角度によって、人それぞれ立ち位置は異なると思います。
政治家に関して言うと、憲法についての考え方によって、はっきりとその個人の立ち位置やイデオロギー的なものが現れると思います。
私は、地方議員ですので、市議会の場で憲法の改正等の議論は特にありません。
しかしながら、たとえ地方議員であっても、憲法に対して認識を深めるよう努めなければならないし、改正等に対する立ち位置もハッキリさせておかなくてはならないと考えています。
現時点での私の立ち位置について少し申し述べますと、現在国会で議論になろうとしている、96条を先行改正し、改正要件の緩和を図るというのは否定的な立場です。
国家の最高法規であり、国家権力を国民によってコントロールするという性格をもつ憲法を改正する場合は、より成熟した議論と多くの国民のコンセンサスが必要であるからです。
国民にとって、本当に必要な改正事項であれば、党派を超えて3分の2の議員のコンセンサスを得る事は可能だと思います(楽観的かもしれませんが)。
むしろ、現在の国民投票法は改正の余地があると思います。国民投票の成立要件は有権者数の2分の1にすべきだと思います。
ただ、私は「何が何でも護憲だ!」という立場ではありません。時代の変化に伴い、変えるべき所又は書き加えるべき所はあると思います。特に地方自治についての第8章の規定はあまりに簡素だと思います。
日本はこれからよりいっそう少子高齢化が進み、行政も全国一律の画一的なサービスではなく、地域の実情にあわせた運営がよりいっそう求められます。その為に明確な理念のもと、地方分権をより一層進めていかなければなりません。
あくまで私見ですが、新しい憲法を構想する場合、それについての国と地方の役割の違いや、事務権限の配分などについては「補完性の原理」のもと決定していく事を明記する等、基本的な考え方を示す必要があると思います。
因に分権先進国が多く存在するヨーロッパでは、ヨーロッパ地方自治憲章等の中に「補完性の原理」の考え方が明記されています。90年代からの欧州の持続的な発展(特にドイツ)は、この自治憲章の考えが基礎になっているという事が、大きく起因しているのではないかと思っています。
また憲法議論のなかで、上述のような地方自治の原理原則を今一度確認する事で、地方分権の重要性などを国民の皆さんに知っていただく良い機会になるのではないかとも思います。
今書いた事は、私の憲法に対する考えのほんの一例です。
もう1つハッキリと書いておきたい事は、「国民主権」「平和主義」「基本的人権の尊重」「自由主義」「立憲主義」などといった現憲法の重要な部分は、これを決して冒してはならず、積極的に具現化させていく必要があると思います。なぜなら、最近話題となっている自民党憲法改正草案には、上記の重要な部分を疎かにしてしまうような改正箇所が散見されるからです。これは改憲派の方も慎重に考えなければならないと思います。
いずれにせよ、このような機会に憲法を考えてみる事は良い事だと思います。改憲派、護憲派それぞれの意見をしっかりと聞いて、自分の立ち位置を固めるとともに、意見を磨いていきたいと思います。