さっき書いたブログを読み返して書こうと思ってたことがもう一つあったのを思い出した。
ブログの中でまりんこさんがたまたま元夫に対してある心理テストをする。
私は勝手に「心理テスト」と呼んでる。
その心理テストとは「水ちょうだい」である。
彼女と元夫は、離婚後も弁護士立会いの話し合いだのなんだのと、たまに顔を合わせなければならない。
ブログを呼んで頂ければこの元夫のイカレ加減がお分かり頂ける。
そして彼らがお互いをどのくらい憎しみ合ってるかもお分かり頂ける。
むろん、「話し合い」のはずの場でも元夫のまりんこさんに対する罵倒誹謗もハンパない。
ところが、
ところが、である。
そんな元夫に、話し合い中(罵倒中?)「のどが渇いたわ」とまりんこさんが言うと・・・??
元夫は必ず「あぁ。気付かなくてごめん。」と言って飲み物をまりんこさんにくれるのである!!!
そこだけは、人間らしく行動するんかい!!!!!!(爆)
何度か、まりんこさんはこの「心理テスト」を実行している。
(決してまりんこさんは「心理テスト」とは呼んでない)
そして、まりんこさんは、やっぱり、コイツ変。と心の中でつぶやくのだ。
でもね、これはヤツが人間の心を取り戻してるんじゃぁないと私は思うのです。
ただただ、「習慣」。この一言に尽きます。
日本で生まれ育った人には「博愛」というものになじみがないように思う。
ドアを開けてくれる。先に通してくれる。
等の小さいことから、慈善行為的な大きいことまで西洋人には「博愛」が身についてる。
「ジェントルマン」だって根底は博愛だ。
何が言いたいかっていうと、まりんこさんの夫が、自分が責め苦にあわせてる人間に水をあげるのは博愛が身についてるだけ。ってこと。
もちろん、博愛はすばらしい。
しかし、その人に親切にしたいと思ってしてるってよりは、習慣だから自然とそうしてしまうってこと。
日本人のおじぎみたいなもの。
もともとは敬意や尊敬を示す意だったのかもしれない。
だけど、今、おじぎをするとき、「この人に敬意を示したいからおじぎしよう」と思ってする人はまずいない。
日本人は、特に日本人の女の子は、外国人からこの「博愛」を示されると「好意」に受け取る場合が少なくないと思う。
「博愛」にだまされず、その人物をじっくり観察してくれ~!!とたまに叫びたくなる。
自分にはなんの関係もないのだけれど。
MIND YOUR OWN BUSINESSと言われそうだけど。
まりんこさんも、元夫に出会った時に彼の「博愛」にだまされたのでは?
な~んて余計な心配をしてみたり。
とりあえず、元夫は水をくれてもくれなくてもクレイジー。
これだけははっきりしてるようだ。