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大阪の下の方で上へと手を伸ばす

大阪芸術大学の一生徒が、チャンスを掴もうと
背伸びをする日々を綴る日記的なもの!!


興味がおありでしたら
覗いて見てくださいな!!









今日は、タイトル通り少し真面目にお話をしようと思います。











このブログを読んでいただいてる方の中には声優、役者を目指している方も多いと思います。



ですが、それを自分の中に押し止めていませんか?


誰にも言わずに密かに胸の内にしまっている人、友達には言っているけど親には…という人、逆に親には言っているが友達には…という人、その形はさまざまですが、いると思います。



かく言う私もそうでした。


幼いころに友達が某有名劇団に所属しており、それがとても羨ましかったです。


舞台の公演に足を運ぶことも多く、見るたびに「凄い!!」という感動と「羨ましい」という嫉妬が生まれました。



保育園や幼稚園の発表会、小学校の学芸会などで演技をするたびに、もっともっとしたいという気持ちばかりが大きくなりました。



小さいころの方がなんでも言いやすいのだから、その時に言えばよかったのでは?と思う方もいらっしゃると思います。


自分でいうのもなんですが、私は幼いころから言葉のニュアンスで相手が言いたいことを理解することが得意でした。

だからこそ、親たちが話していた「劇団は莫大なお金がかかる」というニュアンスに気づいてしまいました。








私も役者になりたいという気持ちは心の底にしまい、親には医療関係に進みたいと告げていました。


もしかしたら親に反対されることが怖かったのかもしれません。





ですが、隠していたがゆえに、私はあるとき爆発しました。


自分でもなぜそんなことをしたのか分かりませんが、中学1年の秋に突然某事務所のオーディションに応募したんです。




その事務所はどちらかというとタレント養成所のようなところでしたが、もしかしたら

これでだめだったら役者はきっぱり諦めるという自分なりのけじめだったのかもしれません。



その当時私は声優に就く!!というより、ただ演者になりたかっただけなので。







結果からいうと、1次の書類審査合格でした。


ですが、そこで問題が発生しました。

2次試験会場に1人でいけなかったのです。

試験会場の場所を見ると、私は行ったことがなく、地名を知っているかすら怪しかったのです。




ですが、私は諦めたくありませんでした。


思い切って親に今までの大まかなこと、そしてオーディションを受けに行きたいということ、怒られることを覚悟して、すべてを話しました。



車の中で話したのですが、私は少しでも親の顔を見なくても済むように、でも弱気じゃないように見せるために、ただただひたすらフロントガラスを見つめていました。





親の口から出てきた言葉は






































「知ってたよ」














あまりにもあっさりとした回答、でも呆れているわけではなく、優しい口調でそう言ってくれました。



では、なぜ知っていたのでしょうか。



実は、私が唯一相談していた祖母が、先に言っていてくれたらしく、親も知っていたとのこと。



祖母は「あの子が本当に行きたいと思ったら自分の口から言うだろうから、それまでは何も言わず待っててやって。それから、黙って応募したことを怒らないでやって」と言ってくれたそうです。


本当に嬉しかった。



そして親からの一言が「あんたが満足いくまでやりなさい」でした。




本当に体が震えるくらいに嬉しくて、その場でぼろぼろと涙を流し続けました。


結論、最終選考も合格しましたが、その事務所への所属は辞退させていただきました。

実力試しと自分のけじめために勢いで受けたままの気持ちでは、相手方にも申し訳ないので、辞退というかたちをとらせていただき、中学卒業後、まだその事務所に行く意思があるなら、もう一度オーディションを受けるという約束を親としました。




中学2年生の時に私の運命が変わる大きな出来事があり、私の夢は声優になりました。


役者ということに変わりはありませんが、事務所を受けることはありませんでした。




大分話がそれてしまいました……




私は高校に入るまで、夢については、本当に信頼できる人にしか伝えていませんでした。



ですが、高校1年の英語の授業で、『自分の将来の夢について』という授業になった時に、思い切って声優になりたいという旨の発表をしました。


軽蔑されたりしないだろうか、この歳になって役者だなんて夢見事だと思われないだろうかという不安だけが胸の中にありましたが、その発表以降皆が「応援してる」「頑張れ」と言ってくれて、言ってよかったと思いました。


それからは、胸を張って「私は声優になりたいです」と言うようになりました。




ですが、私は毎日悩んでいます。


目指しても、本当に芽が出るのか、あの厳しい世界で自分は生きていけるのか。



そんな時に思い出すのは友達の言葉です。



「私はあんりのファン0号だから!!」


「大丈夫、あんりちゃんは大きな一歩を踏み出したよ」


「いつでも応援してる」





ごく一部ですが、私がいつも仲良くしていただいてる友人たちにもらった大切な言葉で、私の一番の原動力です。


















さて、なぜ私が一番最初に「一人でかかえていないか」と聞いたのは、ここにあるんです。


今まで私が書いてきた内容、そして私がここまで進めた経緯には、すべて『人』が関っているのです。






私が役者を目指す気持ちを大きくしてくれた友人


私が親に告白したときに怒られないように布石を打ってくれた祖母


役者になりたいと言った私を叱らずに応援してくれた親


私が声優を目指す要因となってくださった方々


役者になりたいという私の相談に親身になってくださった恩師


そして、いつでも私の身近にいて私を叱咤激励してくれる友人たち







本当に私1人では乗り越えられなかったことも

たくさんの人に支えられたからこそ

ここまでこれたと思っています。










普段恥ずかしかったり照れくさかったりしてなかなか言えませんがこの場を借りて


いつもいろいろな形で私を支えてくださってありがとうございます。

大好きです。





















人に打ち明けるのはすごく勇気が必要です。


ですが、打ち明けるからこそ進めるのです。


親に反対されて諦めるのではなく、しぶとくその夢にしがみついてください。



諦めてしまえば、「やっぱりこの程度だった」と思われて終わりですが、

諦めずに友人に手伝ってもらったり、たとえ1人でも資料を集めるなどをして真剣度を伝えることから始めてください。


自分が諦めてしまえば、誰もこちらを向いてくれることはありません。

頑張るからこそ、支えてくれようとするんだと思います。




どうか諦めないで。

環境のせいにして逃げないで。


例を挙げるなら、声優の吉野裕行さんも親から反対を受けていました。それでも諦めなかった。


苦いことを知っているからこそ大きくなれるんです。



大丈夫。一人じゃあないから。


私も日々そうして生きています。















では、長文になりましたが、今回はこのあたりで!!