ある意味、
困難というのは、祝福なんだな!
、、、と思う。
人は大変なことがあって、
初めて自分の人生を考える。
自分の今の生き方に焦点を当てる。
人生、何もかもスムーズで悩みもなかったら、
たぶん、、
大概の人は、何の疑問も感じずに、
楽しいこと、自分のしたいこと、
そんなことに焦点を当てて日々を過ごすのかもしれない。
物理的に満たされ続けている時、、
人は自分の奥深くにある渇きに気づかない。
それを物理次元でないところから考えたら、
これはある意味、
幸せなことではないのかもしれない、
、、なんて思ったり、、。
楽しいこと続きの日々は、、
祈ることも、忘れてしまう。
自分よりはるかに偉大な存在が、
全てをコントロールしておられることに気づけない。
困難の中にあって、
何もかもがスムーズな時よりも、
祈る回数が増え、主に話しかける時間が増えて、、、
そして答えがやってくる。
そんなことを繰り返しているうちに、
知らず知らずのうちに、
たくさんの学びが起きている。
聖書を読んで思うこと。
以前の私が信じていたこと、、、。
現代の精神世界の中にある教え。
ワクワクすることをしなさい。
自分のしたいことをしなさい。
楽しいことをしなさい。
心のままに。
全てを良しとし、
そのままの全てを受け入れなさい。
、、、、
それが物理的なことなのであれば、
これは全くの嘘なんじゃないかと思う。
サタンが仕掛けた罠、、。
知らず知らずのうちに、
誘惑の罠にひっかかり、
傲慢な心が芽生え、、
謙虚でいることが難しくなってくる。
周りで起きている様々な出来事を無視し、
自分の内側のみをを重要視することではなく。
外側で起きていることに対して、
自分とは関係がないこととするのではなく。
内側が目覚めるとともに、
外側にも目覚めているということ。
私の目に前にかかっている膜が、
いつか完全に取り去られますように、、。
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私はあなたの行いを知っている。
あなたは、冷たくもなく、熱くもない。
むしろ、冷たいか熱いか、
どちらかであってほしい。
熱くもなく、冷たくもなく、生ぬるいので、
私はあなたを口から吐き出そうとしている。
あなたは、「私は金持ちだ。満ち足りている。何一つ必要なものはない。」
と言っているが、
自分が惨めな者、哀れな者、貧しい者、目の見えない者。
裸の者であることがわかっていない。
ヨハネの黙示録3・15〜17