最近はカバー・アレンジというジャンルに取り組んでいます。

既存曲のコード進行を変えたりしています。


そして今度のグループレッスンのお題でもあります。


自分は前回に引き続き、聴くだけの立場(自分の作品は発表はしない)で参加するつもりで、

その旨も師匠に伝えたのだけど、

当初から発表したくなったら言ってと言われていました。


それが、前回のレッスンでは、

発表する人が少ないのもあるし、発表してもらって全然いいんだけどなーみたいな感じで言われてしまい。


もはや断り辛い。


やっと作曲初心者から脱却したばかりのわしが、

人生初のカバー楽曲作品を、

作曲上級者たちの前で発表したくないよー恥ずかしいよーというのが本音です。


たとえ失敗したとしても、発表することに意義があるから、と師匠にも説得気味に言われたけど。


最近、師匠が優しい。

検索で引っかかってこのブログの存在がバレないようにあえて伏せ字にするけど、

作曲をソ○ロギターにつなげるための課題とかも出してくれます。


ピアノ譜とギ○ター譜面も用意してくれて、

なにをどうすればソ○ロギターアレンジになるのかを分析する感じ。


このようなオーダーメイド的な課題は今まであんまりなかった気がする。

そのほかにも聴音課題とかもかなり助けてもらっている。


こんな感じで、親身になってくれているので、

楽曲発表を断りづらいです。


やるべきなんだろうねぇ。




先日レッスンでした。


ここ1ヶ月半くらいの間に、少し評価が変わってきたのを感じる。

なんとなく、受け入れられてきた感じというか。


それまでは、レッスンを続けられるか落第するかの危機だったからw


決定的に変わったのはソルフェージュがきっかけだと思う。


自分は聴音と視唱をここ一年半くらい継続的にやってきました。

さぼる日もあるけど、平均すれば週半分以上やっているはず。

無職になってからは週5以上やっている。


ただ、コロナでここ一年くらいオンラインレッスンということもあり、

オンラインだとなかなか聴音を確認するのは難しいので、

レッスンでは一年くらい放置されていました。

あるときを境に、レッスンではソルフェのソの字も出なくなった。


しかし最近、突然レッスンでソルフェが再開。

しかも、今までメロディのみの聴音だったのが、

ベースとメロディ同時の聴音へと難易度が上がる。


やり方を教わり、いざ実践。

師匠はやり方を丁寧に教えてくれて、しかもお手本も見せてくれます。

ここまではとてもとても優しい。


でも経験上、出来ない場合、切り捨てられるのはわかっているw

だから優しいけど厳しい。


私は小さい頃ソルフェージュをやっていたからなのか、

一年半自分なりにソルフェージュを継続したからなのか、

理由はよく分からないけど、なぜか自分は初めからニ声の聴音が出来ました。

問題の難易度的には初歩の初歩だけど、とても嬉しい。


師匠も想定外だったみたいで、出来ないと思っていた、意外って言ってましたw


聴音の確認のあとは、視唱のほうも。

視唱は8小節のメロディを歌う課題で、

臨時記号が付いている問題。少しむずかしめ。

だけど解いたことのある課題だったので、

歌い回しは下手だけど、音程は許容範囲でとれていたと思う。


おそらく、こちらも師匠的には想定外に出来ていたのだと思う。

嬉しそうにしてくれました。


という以上のような出来事があり、

師匠の私に対する評価が少し変わったように感じます。

私の耳への信用度が上がったというか。


育てる方針になってきたのを感じます。

作曲は最終的に耳で判断するから、耳はとても大事。

だけど、耳は年齢的な問題とか色々あるから、

私にこれから教育する価値があるかどうかをテストしたのかなと感じました。


自分の耳を信用してもいいってわかっただけでも嬉しいです。

ソルフェージュを継続していきたいと思います。


実は、新しい先生に習いはじめました。

例のコンテストの優勝者の方です。


理論はもちろん、楽器もめちゃうまで、作る曲もすばらしい。


まさに私の理想です。


教え方もとても素敵な感じです。

もともとの師匠の感じ(Twitterから漂うあの感じ)に慣れている自分としては、

優しすぎて涙がでそうな気持ちになる。


いや、もともとの師匠も素晴らしい方なのです。

が、弟子に欲求するレベルはかなり高い。

そして、課題が出来なければ時に切り捨てるような感じが、

自分は結構恐怖で圧迫感を感じていました。


新しい先生はそういうのは全くなくて、

お母さんみたいな感じです。

厳しいけど愛があるというか。

性別は女性。年齢は還暦を超えられた方だと思う。

とても優しい方です。


元々の師匠には理論と作曲を、

新しい先生には理論・作曲を楽器に反映させる方法を習うことになると思います。


少々ハードですが、がんばります。


コンテストの感想を書きたいと思います。

リアルのコンテストの場で、評価される厳しさを感じました。

一方でTwitterは作品に対する評価は優しいことが多いですよね。


審査員の講評は作品ごとに行われました。
自分はそこまで厳しく言われなかったけど、
他の人の作品への評価は厳しいものもありました。

たとえば、
創造性を感じない
五感に訴えかけるものがないとか、そんな感じ。


Twitterでは、聞く側がこのようなことをリプしたら即炎上だと思う。
あとは、Twitterだと聞く側も繋がりを求めているから、
基本的には好意的な評価になりますよね。
辛辣なリプは普通は飛んできません。

だけど、専門家からの評価はシビアな世界。
知ってはいたはずなんだけど、
Twitterの世界にどっぷりハマっている自分としては驚き、
同時に自分の甘さを反省しました。


Twitterが悪いわけではありません。
ただ、Twitterの使い方を間違えてはいけないと思いました。

実の所、どういう曲を選曲して演奏すれば、いいね!がつくかは大体分かっています。
ジブリとか昔の洋楽です。

だけど自分はそもそもは、
いいね!をもらうために演奏しているわけではないはずなのです。

しかしTwitterにハマるうちに、だんだん承認欲求が激しくなり、
どこかで人から受けそうなものを無意識に探していたのも事実です。

審査員の方から、私の演奏は一般受けしそうな曲と言われて、気付きました。

一般受けは確かに大事です。超重要です。
だけど、一般受けばかり狙ってはダメです。
どこかにオリジナリティを出さないと。

だんだん脱線して何がいいたいか分からなくなってきた笑い泣き
とりあえず、何度も言っているけど、
Twitterから距離を置こうと思っています。

Twitterで承認欲求を満たそうとするのはやめます。
鍵垢の方も、これからは更新頻度を落とそうと思っています。

承認欲求の小腹を満たすのではなくて、
オリジナリティを出すためにはもっと飢えさせた方がいい気がしている。

上位2作品を作った方々とお話しして、そう思いました。