変化
自分が変化していくのがわかる。
どう変化していくか楽しみである。
今まで夢だと思ってたものが、
夢ではなく、
メッセージだったと知った。
知ってから気づく、
沢山のメッセージ。
ありがとう。
夢ではないと教えてくれて。
ありがとう。
沢山のメッセージをくれて。
友人から答えをもらう
あけまして おめでとう ございます
知り合って数年の友達がいます。
去年彼女の言動に疑問を抱く出来事があり、少し距離をおきました。
それが返って彼女の言動を強くすることとなり話し合いました。
泣きながら彼女は理解をしてくれました。
キーワードは「依存」
その「依存」に、私は「束縛」を感じた。
そして今度は違う形が現れた。
うまい言葉で言い表せない。
ただ言えることは、
彼女は人一倍人から嫌われる事を怖れてる。だから、その予防線を張る。
自分が嫌われないように「こんな私、嫌いになっちゃうよね」と。人はこういう言葉を投げかけられると「そんなことないよ」と言ってしまうでしょうね。
人の愛情を…
真実の愛、
無性の愛、
人間同士の愛、
それは何かではかることは出来ない。
物で受け取ることは出来ない。
形に変えようとする。
形で受け取ろうとする。
形で与えようとする。
形でしか表せないと思っている。
形がなければ愛されないと思ってる。
これを書き始めた数分前と先に書く事が変わった。
そうだ。
これは私への気づきだ。
価値観が違う彼女がなぜ私と縁が切れないのか。波動が上がってきていると自分でわかり始めているのに、なぜと思っていた。
私がまだ気づいていなかったからだ。
そうだ。
そういうことだったのか。
縁が切れて欲しいわけではない。
ただ、価値観…波動の違う彼女と切れない理由がわからなかった。
見下しているわけではない。
冷静に見つめているのだ。
だから、私に無性の愛がないのだ。
長かった。
気づくのが遅かった。
私には文字が必要だ。
自分を見つめる為に必要だ。
本当は別の友人からの「答えをもらう」を書こうとしていたのに、当事者本人から「答えをもらう」ことに気づけた。
ありがとう。
私を見守っている存在よ。
本当の自分
世間の皆さんは「本当の自分」を親に見せているのだろうか。
「本当の自分」っていったいどれのこと?
思春期に母親を通してみた父親像は、父親ではなく男性像として埋め込まれてしまっていたのかもしれない。
父親に対する嫌悪感。
母親目線の夫像、女性目線の男性像、その愚痴を聞いた幼い少女の心には嫌悪感を抱いたまま成長し、大人になって沢山の人生経験を積んだ今、その嫌悪感は違う形に変化していた。
子供には優しい父親であっても母親に対しては違う態度。
母親を通して知った、表と裏。
それは、信頼できないという寂しさを生んだ。信頼できないということは「本当の自分」を出せない。見せる事が出来ない。
母親もまた、そう。
子供の前では良き妻であっても、私には父親の愚痴をいう。
表と裏。
聞くことに慣れ、聞き上手という能力になる。
聞かされる事には慣れているが、聞いてもらう、聞いて欲しい、その心は成長しない。
その心は「本当の自分」を出す事がヘタで、甘えベタな大人へと成長させた。
「本当の自分」って、いったいどれだろう。
ある方が言っていた。
友達に見せてる自分。
仕事での自分。
家族に見せる自分。
他人に見せる自分。
全部同じではないでしょ?
全部同じではないけど、全部自分。
友達が言っていた。
「どんなに仲のいい友達でも自分を100%は出していない」と。
なぜ?と聞いたら…
「本当の自分を100%さらけ出したら嫌われてしまうから」と。
その時私は友達には「本当の自分」を出し切っていると思ってたから、そう言われてもよくわからなかった。
今はわかる。
「本当の自分」を出せる相手ってこの世でいったい何人いるんだろう。
沢山は要らない。
それが親なのか、兄弟なのか、親友なのか、夫なのか、恋人なのかはわからない。ひょっとしたら、自分という人間を知らない他人の方が見せられるかもしれない。
沢山の人に見せてる自分をパズルのように組み合わせら「本当の自分」が完成するのかもしれない。
【インナーチャイルド】