あの日から24年。
情報が全く入ってこない、テレビや新聞ですら禁止。
外部との接触をほとんど許されなかった、家を飛び出していた日々。
告げられたのは、
「地震が起きた。すぐに家に電話しろ」
親が嫌いで、家が嫌いで、周りの人間が嫌いで。
だから家を飛び出して。
でもあの日はそんな嫌いだったものが大切に思えた。
ガキの頃の記憶にある、神戸の風景と泣きついてきたおばあさんの顔。
安全靴で瓦礫の上歩いて、目の前で電気がショートして、恐怖で動けなくなって。
一時期、毎週の様に神戸に行った。
生まれて初めて女性に指輪を渡したのも神戸だった。
人々の顔は笑顔ばかりで、神戸は大好きな場所になった。
ちなみに安藤がプロレスラーデビューしたのも神戸。
今、嫌いだった親は生涯入院、毎日のように様子見に行かないといけない状態。
嫌いだった家は取り壊されて、知らない人が住んでいる。
嫌いだった周りの人間と会えた時は、意地っ張りな当時の自分にデコピンしたいくらい嬉しく感動する。
時間は流れる。
住む場所があり、食べる物がある。
横で笑ってる人がいる。
それだけで幸せだ。
数年前あいつが東へ行った時、
「君、死たまふことなかれ」
とだけ告げた。
まだ3kgのパフェおごる約束果たしてない。
ごちそうはしたけど、約束はパフェだから。
また関西に遊びに来いよ。
もう悲しみはいらない。
だけど忘れない。
合掌。
何もできないけど、俺は今日もいっぱい笑おうと思う。















