anamdaharuのブログ

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旅をすると言うことは忘れかけていた真の自分自身との出会いであると思っている。
ましてや、その旅が神聖なものに近づく為の行動であったならば、尚のこと自分の中に眠ってしまった本当の自分を取り戻す為の、人生に対する大切なアクションになるのだと思う。


1994年から今までにインドへは50数回渡っている。私の仕事も兼ねての事だが、そこで体験する出来事は、まさに人生観を変えるものも少なくない。

現在インドはIT革命真っ只中。私がいつも訪れる街・バンガロールはTI普及率が高い街。「インドのシリコンバレー」と呼ばれ、ある年ではインド全体の海外輸出ソフトウェアの35%をこの街が占めた。高い教育水準を誇る大学群と研究所群の所在地として知られ、国内第2位の識字率を誇る。

近年急成長を遂げているインド。しかし、その裏には昔からの影響を引きずり続けている面も少なくない。大都市では、まだスラム街が広がっていて、ゴミの山の中を子供たちが一日中 物を探す姿を毎日目にする。
片や、都市の路上には、日本でも滅多に目にすることが無いベンツなどの最新車種が何台も普通に走っている。

豊かさと真の貧しさを兼ね備えた国、それがインドである。
このインドには『黄金』が眠っている、と古来から言われているらしい。
その『黄金』とは、私たちが手にするネックレスや指輪などの金細工の元となる金を指すのでは無く、人間性の中に見出される精神的な面の「黄金」だと、インドを訪れた文化人たち、聖なる方々が執筆される文章や、コメントに残している。

時としてインドは「発展途上国」と言われるが、そんなこの国の人間性の中にある『黄金』とは一体いかなるものなのか・・。


世界でもっとも有名な人とは誰か?と言う問いを投げかけた時に、必ず上位に出てくる一人の名前がある。「マザー・テレサ」その人である。 
「マザー」の名で知られた彼女は、このインドで奉仕活動を続け、それを通して世界・人類が世界規模の平和への活動を促す精神的基盤を作り上げていった。
彼女の活動が無ければ今現在行われている世界規模の基金の活動は、ここまで発展していなかったであろう。まさしく偉大な功績を残された方である。

そのマザーが、インドで奉仕活動をされ始めた時のことである。
街中を歩き回り奉仕活動を続けるマザーは、際限なく山ずみにされた貧しさの中で打ちひしがれそうになった、と語った。
しかし、その時マザーはある体験を通じて自らの奉仕活動への意識を大きく変えて行く。

休みなく続けられた奉仕活動に心身ともに疲れていたマザーは、ある日道のわきに建てられたバラックの家の前を通りがかった時、その中の一軒から子供の泣き声が聞こえてきた。
家の中へ入り訳を聴くと、食べるものがないとの事。
マザーは手に持っていた彼女の食料である一握りのお米を渡し、それを食べるように進める。
そのお米を受け取ったその家の子供が、そのお米を手に取ると一目散に外へ走っていった。マザーは大切なお米を持って何処へ? と不思議に思いその少年の後を追うと、少年は隣の家へ。
そこで少年は、マザーからもらったほんの一握りのお米を、その隣の家の家族と半分ずつにして分けていた・・。

貧しさの中にありながらも汚れる事のない精神の清らかさに、マザーは心打たれる。
彼女は自分が彼らに手を差し伸べている気になっていた傲慢さに気付き、
「私は多くのことを彼らから学んでいるのだ。」と悟る。
その後の彼女の奉仕活動は目覚ましい活動と躍進を見せ、インド全土はもとより、世界にその精神と行動の大切さを伝え広めていった。

インドにはそんな「黄金」がある。
この様な「黄金」に直接出会った時、人は内面的な変革を起し、閉ざされた心に光を灯すこととなるのでしょう。



数年前、私はインドの街・バンガロールを訪れた。そこは外国から多くの人が訪れている場所であった。そこで長期滞在をしていた私は現地の子供たちと仲良くなり「友達」になっていった。

外国人を見るとお金が服を着て歩いているように見える、とあるインド人が私に話した事があった。現在も尚、貧困の残るインドに於いて、早急な経済の発達は何処かに歪みを生み出すことは必至であろう。現在はこの格差が少しずつ無くなりつつあると思うが、その波に取り残された人々もいるだろう。特に村などの地方の子供たちの眼には裕福さを追いかけながら、それに対する憧れと現実的に近づくことが出来難い現状への焦りなども心の中に交差しているに違いない。

始めは、いかにしてこのうだつの上がらなそうな日本人(私の事)から、どの様にしてお金をもらおうか、といった雰囲気がみえみえの子供たちも、付き合い始めると心が打ち解けて、手をつないで道を歩くほどになっていった。
ボロボロの服、壊れかけのサンダル、汚れた手・・・。懐かしく、いとおしく、本当の「家族」と共にいると言う感覚に包まれる理由は、きっと何か心の琴線にふれるものが彼らとの出会いの中にあったからなのであろう。

ある朝、いつもの様にチャイ(インド風ミルクティー)を飲みに露店の喫茶店に行くと、あのやんちゃな子供の一人が走ってきた。
彼は私の手を引っ張るとこう言った。

「ハル、今日はハルにプレゼントしたいものがあるんだ。
 ねぇ、一緒に来て!!」

本当に嬉しそうにそう言うと、彼は私の手を引っ張りながら、道端のココナッツ屋さんまで連れて行った。

「ほら、見て!!」

そう言って彼は大事そうに閉じられていた右手を開いて私に見せた。彼の手には3~4枚のコインが全部で5ルピーほど乗っていた。
汚れた小さな手のひらを開きながら彼はこう言った。

「昨日、物売りのアルバイトで神様の写真が売れたんだ!!
 それでお金をもらえたんだ!!
 だから、ハルにココナッツをご馳走したいんだ。」

ココナッツ一つが4ルピーほど。私にご馳走してくれたならば彼は飲む事が出来ない。

「私が飲んだら、君は飲むことが出来ないじゃないか?
 君はどうするんだ? 自分の分がないじゃないか?」

すると彼はこう答えた。

「いいんだ。友達のハルに飲んでもらいたいんだ。
 ねえ、飲んで!」

本当にうれしそうに笑いながら手を突き出して彼は言った。
本当にわずかなお金だが、彼にしてみれば久しぶりに手にした収入であろう。それを友達に飲んでもらいたい、只その思いだけでとった彼の行動であった。

私は
「せっかく稼いだお金だから、何か自分の為に使いなさい。」

そう言ったが、彼は聞かなかった。
私はその場から逃げるように立ち去った。


後に、この出来事は今でも私の胸を締め付ける。胸の奥がきしみながら痛みを覚える。
私は彼の行為に戸惑いを覚えた。どう反応したらいいのか、考えた訳ではなかったが、
私には彼の心が眩し過ぎたように感じたから、目を背けるように背を向けたのだと思う。

私の中に果たして彼らが見せてくれた純粋な輝きがまだ残っているであろうか?
私はその片鱗だけでもいいから取り戻したい、生きているうちに、と思った。
それが彼らとの出会いで私が学ばせて頂いた、取り戻すべき大切な心だったと思う。


私たちは、生きているうちに少しずつ、真の自分を見失いつつあるのではないか、と考える時が多々ある。
「権利」を主張する場合、これが大きく形になって現れやすい。
特にお金や、地位、評価、正しさ、などが絡むと、正義という文字を盾に自分の主張を正当化するという過ちを犯しやすい。
無明の霧の中に、自分が隠れてしまう感覚に襲われる。


本当の貧しさとは、豊かな生活の中に暮らす私達の心の中にあるのかもしれない。


私たちが、子供たちにしてあげられる事とは何であろうか?
残さなくてはいけないものとは何であろうか?
もし、子供たちが大人になった時、どの様な人間になってもらいたいであろうか?

いつでも人の力となれるように。
人に手を差し伸べられる人となれるように。 
心が浮ついたものでなく、暗くかたくななものでなく、奥深く、柔らかく、情熱的で、周りを包み込める大きな心の持ち主になれるように。
干渉するのではなく、後ろから支えられる人になれるように。 
人の心のあり方の道標になれるように・・・。

私たちが「そうありたかった大人」に子供たちがなれるように。
その為に私たちが心砕く事・時間と労力を使う事を惜しまないように。


すべての人たちに、光りを、愛と勇気と感謝の光りを。

そして、自分自身の為に、
真の心の豊かさを取り戻させ給え、与え給え、と祈ります。


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