旧約聖書「創世記」「出エジプト記」「レビ記」を読み終えた。
「創世記」「出エジプト記」ではアダムとイブとか
ノアの箱舟とかモーセの十戒とかなんか知っている話が多い。
「出エジプト記」では、エジプトで強制労働による
厳しい生活をしているイスラエルの民たちを救うため
神がエジプトを脱出させるため、モーセを介して
エジプトのファラオと交渉するがファラオはなかなか認めない。
それに対して神はいろいろな災いを与えるが、
ファラオも対抗したり、約束を守らなかったりと埒が明かない。
なんか全知全能の神ならもっとガツンと言うこと聞かせりゃ
いいのにと感じていた。
この疑問を注釈や解説が解決してくれた。
旧約聖書はそれまで多くあった文書を色々な時代に
色々な人がまとめたり加筆修正したものだということだ。
なので出エジプト記の頃の神様は人間に決断の自由を与え
人の心に立ち入らない、結構自由度の高い神だという。
俺がなんとなくイメージしていた
全知全能で人間にすべてを命令する神とは大きく違う。
それは祭司文書といわれる別の文書群の神のイメージのようだ。
ダメだ。おもしろい。
紀元前の頃から色々な人間が様々な神理解のもとで
様々な神を旧約聖書という文章群のなかで語っている。
時代の要請や色々な事情があったと想像する。
それがなんなのか知識も理解もなさすぎてわからないが
これから読んでいくなかで、少しでもわかっていればと思う。
とりあえず旧約聖書全部読むことを決めた。
時間もかかるし大変そうだがなにしろ面白いの
読み続けることにしよう。