ずーとずーと
昔々の話です。





私は看護学校の三年生。
最後の病院実習は一年生の指導をするという指導実習でした。最初の一週間はひとりで患者さんとのコミュニケーションをとり情報を集め、次の一週間は一年生の後輩と患者さんのケアをして その後の一週間は後輩が一人で患者さんを受け持ちます。
私達は七十代のガンの末期の女性を受け持ちました。




その方は中島さん(仮名)といいました。敬虔なクリスチャンでとても穏やかで上品な
方でした。癌が骨に転移し痛みがあり歩くことができなくなっていました。医師の記録には歩行はもう無理であろうと記されていました。
学生ができることは限られています。
日々の血圧や体温測定をしたり身の回りのケア、話し相手などをしながら私達は中島さんの苦痛を和らげるには何かできないかと考えました。





そして私の最終日。中島さんの痛みのある腰にハッカオイルを垂らしたお湯でタオルを絞り温湿布を試みました。今でいうアロマテラピーでしょうか。
私達は少しでも楽になりますようにと祈るような気持ちでした。本当は骨にガンが転移していて強い痛み止めがやっと効くくらいの病状でしたから治るわけはありません。とても喜んでいただきましたがかなり疲れさせてしまいました。
夕方私はご挨拶をするため中島さんの個室を訪ねました。余談ですがこの病院は個室料金をとっていません。病状にあわせて必要な人には個室に入っていただくシステムでした。
中島さんは横たわったまま私達に
「ありがとう。もう会えないかもしれないけれどそこに活けてあるバラを一本私だと思って持って行ってちょうだい。」といいました。私はバラをいただきお別れの挨拶をしました。後輩と二人で泣いていました。





指導実習は失敗に終わったと半ば落ち込んでいた私に翌週驚くニュースが届きます。
なんとあの湿布が効いて腰の痛みが和らいだというのです。翌週は毎日ハッカの温湿布を希望され後輩が行っているというのです。






さらに、驚くことにその後痛みがなくなり歩けるようになりました。そして笑顔でお礼を言って自分であるいて退院していきました。病院では不思議なことがたびたび起こります。奇跡でした。








半年後私は看護師となり実習先の病院に就職しました。しばらくして先輩看護師さんから
中島さんが他の病棟に入院していて、あなたに会いたがっていると伝えられました。


私は中島さんの個室を訪ねました。
奇跡的に痛みが消失し家族と幸せな最後の時間を過ごした中島さんは私が看護師になったことをとても喜んでいました。「あなたは神様を信じますか?」そう彼女は私に言いました。

泣きながらお別れをしたのに奇跡の再会でした。







数日後家族や先生、周りの人にキチンとお礼を言いながら中島さんは息を引き取りました。
主治医はこんな患者は初めてだと呟いたそうです。





私は中島さんらしい最後だったと思いました。



私達はいつか近い将来死が訪れます。

最後までどう生き抜くか。
残された人の心の中に生き続ける。
そんなことを教えてくれた患者さんでした。


(写真は山梨甲州市にて撮影)