アリスの憂鬱
ここはドレスヴァン王国の、ハロウィンイベントで開催されるアリスカフェ。
私はジーク王子と空港から真っ直ぐ、このカフェへとやって来た。
(ここがアリスカフェか……さすがジークがプロデュースしてるだけあって……可愛いお店になってるな)
「わ、このティーポット可愛い~。 このテーブルクロスのステッチ、凝ってますね」
私はカフェの中をひと回りしながら、ウキウキした気持ちになる。
ジーク「店のインテリアは事前にコーディネーターと散々、練った。なるべくあの絵本の物語を思い起こすようなものにしようと思ってな」
ジーク王子はそう言うと、店のいたるところに飾ってある帽子を直す。
(きっと繁盛するだろうな……だとすると、当日なんて混雑して大変だよね……)
「あの、ジーク。よかったら私も今日から手伝いますよ?」
厨房では先ほどから食材のチェックが行われ、店でもまだ終わってない準備に追われている。
ジーク「いや……お前はいい」
「え……何でですか?私、焼きものなら得意なので、クッキーでもスコーンでも焼きますし」
そこにハンスさんが、たくさんの荷物を抱えてやって来る。
ハンス「ジーク様。頼んでいた縫製が仕上がりました」
(あ……カフェのメイド用の衣装かな?)
ジーク「あぁ、ご苦労だった。見せてくれ」
ハンス「ジーク様のデザインされたイメージ通りに仕上がっていると思います。サイズもSからLまでございますので」
そう言いながら、ひとつの衣装をハンスさんが広げてみせる。
それはウサギをイメージした、かなりのセクシー路線な衣装だった。
(うわ……だ、だいぶ露出が多いな……)
ジーク「ふむ……いいじゃないか。 では、さっそくメイドたちに試着をしてもらって……」
私はSサイズの衣装を手に取る。
(私は……これかな)
そう思ってジッと見ていると、ジーク王子にいきなりバッと衣装を奪われる。
ジーク「お前はいいと言っただろう」
「あっ……」
ジーク「それより、ハロウィンナイトの3日間の工程を、もう一度、おさらいしておく」
私はジーク王子の話を聞きながら、ひそかに傷ついていた。
(私には似合わないか……)
ジーク「まずハロウィンナイトの3日間は、ドレスヴァンにてこのアリスカフェを開く。そして最終日の夜はノーブル城でパーティーに参加する。その夜12時までに、ひとついたずらをしなくてはならない。さらに期間中は仮装をすることが必須なので、お前は俺が用意した衣装を着ればいい。以上だが……なにか質問は?」
「あ、いえ……」
(もしかしたらジークが作ってくれた衣装が、きっとこのコスチュームよりもっとすごい物なのかも)
私は気を取り直し、笑顔で『わかりました』と、返事をした。
そして私たちはカフェをあとにすると、お城へと帰った。
そのまま、ジーク王子にフィッティングルームへと連れて行かれる。
ジーク「それで、お前の衣装だが……」
「あ、出来上がったんですね」
ジーク「あぁ。夕べ、気になったところをすべて直したからな。まずは試着してみろ」
「はい……!」
私はジーク王子から、仮装用の衣装を受け取る。
それはアリスをイメージした、かなり可愛いもので―。
「……」
ジーク「ん?どうした」
「あ、いえ……」
(可愛いのは可愛いんだけど……さっきのカフェのウサギのコスチュームと比べるとずいぶん違いがあるような)
ジーク「そこの袖はとても苦労した」
丸みを帯びた袖はふんわりとした仕立てで、オーダーメイドということもあり高価そうに見える。
ジーク「そのエプロンのフリフリも手間をかけた」
ワンピースの上のエプロンも、とてもキュートに見える。
(でも……さっきのウサギのメイド服は、襟の下は胸元までかなり露出があったのに対し……これはなんだかボタンを上まで留めるデザインだし)
私は鏡にその衣装を当ててみる。
と、スカートがやけに長くて少しアンバランスにも思える。
(いつものジークだったら、これはミニスカートの方がいいとか言いそうだけど……)
「あの、ジーク。このスカート丈、ちょっと長くないですか?」
思わずそう言ってしまうと、ジークは眉根を寄せ、絵本を手に取った。
ジーク「なにを言う。原書の挿絵はその長さだ」
(そうだけど……ちょっと古めかしいというか)
ジーク「それにお前には、そのくらいの長さがちょうどいいんだ」
「そう……ですかね」
(ジークがそう言うなら、間違いないのかな……。でも、何でスカート丈をそんなに気にするんだろう)
なんだかモヤモヤしていると、ジーク王子は小さな帽子屋の衣装を取り出す。
ジーク「キュー。お前にも作ったからな」
キュー「ニャ~」
ジーク王子はキューに、その衣装を試着させていた。
ジーク「うむ。お前もよく似合うな。いつにも増して男前だぞ」
『明日が楽しみだ』、そう言いながら、ジーク王子はキューを満足そうに抱き上げた。
そしていよいよハロウィンナイトの初日―。
(ん……なんか、カリカリ音がするな)
私は目を覚ますと、音のしている方を見る。
と、アリスの衣装が入っていた箱が床に落ち、その上にキューの姿がある。
「えっ……!」
私はガバッと起き、慌てて衣装を手に取った。
「うそ……!どうしよう!」
私とジーク王子は、破れた衣装を前にため息を吐いていた。
ジーク「これは困ったな……」
「すみません……私がクローゼットの中に入れておけばよかったんですけど」
ジーク「いや。アパートでもキューは衣装をかじることはなかった。たぶん、このアンティークのボタンのせいだ」
「え、これ、アンティークなんですか?」
ジーク「あぁ。原書を再現するのに、どうしても味わいが欲しくてな。たぶん、キューにとったら何か興味をひく匂いがしたのだろう」
(そっか……)
私は心なしか、しょんぼりしているキューの頭を撫でる。
「キューに罪はないよ」
ジーク王子はしばらくその衣装を手に取っていたが、すぐに『大丈夫だ』と、頷いてみせた。
ジーク「別の布を当てて、胸まわりだけデザインを替えればなんとかなる」
「ホントですか!?」
ジーク「あぁ、俺に任せておけば……」
そのとき、メールの着信音が鳴った。
「誰かな……えっ、お父さん……!?」
お父さんからのメールは、今朝早くドレスヴァンに到着したというもので、空港から真っ直ぐにアリスカフェに向かっているとある。
ジーク「そうか……いらっしゃるのが初日の今日だと分かっていれば迎えの者をよこしたのだが」
「たぶん、気を遣わせないようにって思ったんだと思います」
ジーク「それならお前はここはいいから、先にカフェに行け」
それを聞いた私は……。
A:ありがとうございます
B:それは出来ないです
「ありがとうございます……たぶん、両親も初めてのドレスヴァンで、緊張してると思うので、私が行けば少しは安心じゃないかと」
ジーク「あぁ。俺もこれが済んだらすぐに行くから」
私はジーク王子にお礼を言うと、アリスカフェへと向かった。
「お父さん、お母さん……!」
私はカフェに着くなり、テーブルについていた両親のもとへ走る。
お父さん「あぁ、〇〇。忙しいんだろう?私たちは私たちで楽しむからよかったのに」
お母さん「このカフェ、素敵ね~。お母さん、こういう雰囲気、大好きなのよね」
両親はカフェで紅茶を飲みながら、物珍しそうにお店を見る。
お父さん「しかし、あれかい?やっぱりジーク様は王子様だから、こういう場所には顔は出さないのかい?」
「ううん。今、ちょっとかかってることがあって……すぐに来ると思う。このカフェの総合プロデュースはジークだし。彼は何でも自分でやっちゃうぐらい、庶民に寄り添う人なんだよ」
『そうか』と、お父さんが神妙な顔をして聞いている。
と、そのとき、カウンターの奥が騒がしいことに気付く。
(あれ?どうしたんだろう……)
『……さんが、急に体調不良で。 どうしよう。お客さんが整理券を配るくらい、来てるのに……』
スタッフの会話の断片が、聞こえてくる。
(ひとり、メイドさんが来られなくなっちゃったんだ……代わりの人を手配するまで、少し時間がかかるよね)
店内の席は全部、埋まっていて、外には行列も出来ている。
(たぶん、ジークにはもう連絡が行ってると思うけど……)
カウンターの方を見ると、ケーキやクッキーのお皿がまだお客さんのテーブルに運んでいない状態で並んでいるのが見える。
(大丈夫かな……)
するとお父さんが不意に―。
お父さん「手伝ってきなさい」
「え?」
お父さん「見てられないんだろう?お前、接客はパン屋で慣れているんだから」
「うん。ありがとう、お父さん……!」
私は立ち上がると、カウンターの奥に向かう。
そして―。
(なんか、スースーするな……)
ウサギのコスチュームに着替え、私はメイドとしてお客さんにオーダーの物を運ぶ。
(恥ずかしいけど、そんなこと言っていられないし)
そう思い、テキパキと働いた。
そこへ扉が開き、次のお客さんが入ってきたようで―。
「いらっしゃいませ……!」
笑顔でそう迎える。
と、そこにはジーク王子。
(あ……よかった。衣装の修復、終わったのかな)
が、ジーク王子の目は見開かれ、動きを止めている。
「あの、ジーク」
ジーク「お前……どういうことだ」
「あ、急きょ、手が足りなさそうだったので、代わりの人が来るまでと……」
するといきなりバサッと上着を掛けられる。
「えっ、な……」
ジーク「こっちへ来い!」
「ちょ……いきなり、どういう……」
私は手を引かれ、ジーク王子に控室へ連れて行かれる。
お父さん「……」
私はイスに座らされ、仁王立ちするジーク王子に睨まれていた。
ジーク「いったいどういうことだ?お前はその衣装を着なくていいと言ったはずだろう」
「そうですけど……人が足りなかったんです」
ジーク「それなら俺がちゃんと手配をした。お前は余計なことをする必要はない」
(余計なことって……)
「でも、せっかくカフェを楽しみにしてくれてるお客さんに、申し訳ないじゃないですか」
ジーク「それなら、俺が修復した衣装を待てばいい」
「そんな……てんてこまいな様子を、見て見ぬフリはできません!」
言い返していると、ジーク王子はパッと修復した衣装を差し出す。
ジーク「と、とにかくそのコスチュームはお前には似合わない。サッサとこっちに着替えろ」
私は差し出された、アリスの衣装を見る。
キューのかじった箇所は、うまく修復されている。
それでもなんだか惨めに思えて……。
(……そんなに私には、この衣装は無理だってこと?)
思わずギュッとスカートの裾を握った。
「私たち……マンネリなんですかね」
ジーク「マン……なんだ?」
「ジークはもう……私にときめくってことはないんですね」
ジーク「いったい、何を言っている」
私はスクッと立ち上がる。
「ジークは、私のことはもう、女として見てくれていないんですね!」
そう口にし、私は店を出て行った。
ジークは衣装を手に、唇を噛みしめていた。
すると控室のドアが、控えめにノックされる。
ジーク「……」
ジークは息を吐き、ドアを開けるとそこには―。
お父さん「ちょっと、いいでしょうか……」
結局、私は行くところもないまま、お城へ戻っていた。
部屋でぼんやりしていると、カフェの閉店時間がとっくに過ぎていることに気付く。
(……1日目はもう終わりか。楽しみにしてたハロウィンナイトなのに……喧嘩しちゃったな)
ジーク王子が戻ってくる気配もなく、連絡もない。
(でも、どうしてあんなに衣装にこだわってたんだろう……)
と、そこへ、携帯が鳴る。
(あっ、ジーク……!?)
出てみると、電話の相手はお父さんだった。
お父さん『今日はなかなか楽しませてもらったよ』
両親はすでにオリエンスに帰国していて、ドレスヴァンで過ごした話などを聞く。
お父さん『ところで、〇〇』
お父さんは急に改まると、私に言う。
お父さん『ジーク様は……彼はもとより誠実な人だよ。私は今回、そっちへ行ってみてそれがよく分かった。 いや、娘を心配するあまり……どうやら私は余計なことをしてしまったらしい……謝りたいことがあるんだ』
「え……?どういうこと?」
私は携帯を握りしめると、次にお父さんの口から飛び出す言葉に驚くのだった―。
To be continued