少し前にあった、Passoverの話でも。
Rの伯父が2月末に亡くなった。しかし、funeralは東海岸で開かれることになっていたが、snow stormが来ていた。(案の定、従兄弟の子供は東海岸で5日間スタック)。
悩んだ結果、funeralへ行くことは見送ることにしたが、Rはかなりの罪悪感に苛まれていたので、あとで開かれるmemorial serviceには必ず行くことを約束した。私のボスにも、スケジュールが決まり次第、休みをとる許可をもらっていた。
4月の最初の金曜日は、ちょうどPassoverがスタートする日。Passoverとあわせてmemorial serviceが開かれるになり、伯父の眠るWoods Holeに向かった。2ヶ月前に会った従兄弟達、まさか、悲しい出来事をきっかけにこんなに早く再会することになるとは思わず、でも、どういう理由であっても、家族の顔が見れるのはほっとする。
ついてすぐ、Graveに行くことにしていたが、伯母はみんなに涙をみせたくないからとかたくなに拒んだので、従兄弟達と私たちで行くことに。ちょうど雨が降り始めた中、歩いてgraveに向かうと、周りは芝生に覆われているのに、伯父の眠る場所だけまだ新しい土が盛られていて、そんなに時間が経ってないことを感じさせられる。
帰る頃、伯母がやってきた。従兄弟は「何千年も続くユダヤの伝統なんだから、避けられる訳ないのよ~」と涙目で笑っていた。Rと私は、伯母達を遠巻きに見守ることにして、その後、一緒に家へPassover sederの準備へ。
Rの従兄弟はとても料理上手。とてもおいしい料理を、本当に手際良く作ってくれる。義母がいない私にとって、彼女はユダヤの料理を教えてくれる先生。今回、Passoverのfirst nightとsecond nightを従兄弟達がホストするので、私はスーシェフとしてお手伝い。ついでにレシピもきちんと手に入れた。ちなみにPassoverはこんな感じ。
http://ameblo.jp/amytakamy/entry-11509898029.html
どの日も、3時間ぐらいキッチンに立っていたけれど、誰かと一緒に料理していると時間が経つのは全く気にならないし、ただただ楽しい。second nightはさらにゲストが増え、にぎやかな時間になった。
こういう時間を過ごすたびに、parents-in-lawが一緒だったら、、、といつも思ってしまう。義父は画家であり、アンティークブックのコレクターだった。亡くなる数日前に病床であったのが最初で最後になってしまったが、そこでも義父は絵画や浮世絵の話をしてくれた。義母は、文化人類学者で、若い頃はピアニストを目指していた聡明な人。まだRと付き合っていた頃に、やはり1度会ったのが最初で最後。義両親が住んでいたアパートメントには、沢山の浮世絵や日本のアンティークブックがあり、義母はそれを手に取って、初対面で緊張していた私に笑顔でみせてくれた。ちなみに義弟はフルーティストで、大学で教鞭も取っていた。私の日本の家族とは全く正反対な環境、そんな中で育ったRと一緒にいるのがちょっと不思議な感じもするけれど(ちなみに現在、Rはまったくアーティスティックなことはしていない)、人生はそんなものなのかしら?
家族が多いと笑いが絶えない時間が過ごせると実感した、東海岸の旅。次はいつ行けるだろう。
Rの伯父が2月末に亡くなった。しかし、funeralは東海岸で開かれることになっていたが、snow stormが来ていた。(案の定、従兄弟の子供は東海岸で5日間スタック)。
悩んだ結果、funeralへ行くことは見送ることにしたが、Rはかなりの罪悪感に苛まれていたので、あとで開かれるmemorial serviceには必ず行くことを約束した。私のボスにも、スケジュールが決まり次第、休みをとる許可をもらっていた。
4月の最初の金曜日は、ちょうどPassoverがスタートする日。Passoverとあわせてmemorial serviceが開かれるになり、伯父の眠るWoods Holeに向かった。2ヶ月前に会った従兄弟達、まさか、悲しい出来事をきっかけにこんなに早く再会することになるとは思わず、でも、どういう理由であっても、家族の顔が見れるのはほっとする。
ついてすぐ、Graveに行くことにしていたが、伯母はみんなに涙をみせたくないからとかたくなに拒んだので、従兄弟達と私たちで行くことに。ちょうど雨が降り始めた中、歩いてgraveに向かうと、周りは芝生に覆われているのに、伯父の眠る場所だけまだ新しい土が盛られていて、そんなに時間が経ってないことを感じさせられる。
帰る頃、伯母がやってきた。従兄弟は「何千年も続くユダヤの伝統なんだから、避けられる訳ないのよ~」と涙目で笑っていた。Rと私は、伯母達を遠巻きに見守ることにして、その後、一緒に家へPassover sederの準備へ。
Rの従兄弟はとても料理上手。とてもおいしい料理を、本当に手際良く作ってくれる。義母がいない私にとって、彼女はユダヤの料理を教えてくれる先生。今回、Passoverのfirst nightとsecond nightを従兄弟達がホストするので、私はスーシェフとしてお手伝い。ついでにレシピもきちんと手に入れた。ちなみにPassoverはこんな感じ。
http://ameblo.jp/amytakamy/entry-11509898029.html
どの日も、3時間ぐらいキッチンに立っていたけれど、誰かと一緒に料理していると時間が経つのは全く気にならないし、ただただ楽しい。second nightはさらにゲストが増え、にぎやかな時間になった。
こういう時間を過ごすたびに、parents-in-lawが一緒だったら、、、といつも思ってしまう。義父は画家であり、アンティークブックのコレクターだった。亡くなる数日前に病床であったのが最初で最後になってしまったが、そこでも義父は絵画や浮世絵の話をしてくれた。義母は、文化人類学者で、若い頃はピアニストを目指していた聡明な人。まだRと付き合っていた頃に、やはり1度会ったのが最初で最後。義両親が住んでいたアパートメントには、沢山の浮世絵や日本のアンティークブックがあり、義母はそれを手に取って、初対面で緊張していた私に笑顔でみせてくれた。ちなみに義弟はフルーティストで、大学で教鞭も取っていた。私の日本の家族とは全く正反対な環境、そんな中で育ったRと一緒にいるのがちょっと不思議な感じもするけれど(ちなみに現在、Rはまったくアーティスティックなことはしていない)、人生はそんなものなのかしら?
家族が多いと笑いが絶えない時間が過ごせると実感した、東海岸の旅。次はいつ行けるだろう。