次の日にも、ラウンジに行く。空気清浄機の音と振動がないだけでも、ホッとすることが出来たし、あれ以来、前の空いたベッドが目に入るのが嫌だった。

 

 ラウンジには、人はほとんど居なかった。 

 

そういえば、ラウンジの大画面テレビ、ずっとかけっぱなし。

誰も見ていない。何だか耳障りだし、止めちゃおうかな。それとも気晴らしに何か他の番組にでも変えようかな、とリモコンを探す。

あれ、ないな。 キョロキョロ探すと、

 

あ、あった!! 私の前のテーブルの上。

でも、そのテーブルには男性の患者さんが座っている。しかも荷物も影から、リモコンが半分覗いていた。

 

ちょっと気が引けたが、これからずっとここにいるわけだけら、勇気を出して、声をかける。

 

「すみません。テレビのリモコンお借りしてもいいですか?」

「ああ、どうぞ、どうぞ。テレビは見ないからいいよ。」

 

「すみません。あの、私、ずっとここに居るので・・・。えっと・・病室にいたくないので・・ずっとここで過ごすので・・・」

 

 私としては、このラウンジの席をずっと占領していることや、テレビを勝手に変えることを詫びるつもりで、そんなことを言ったのだが、

 

「あっ、俺もだよ。同じ部屋にリューマチの患者さんが居てさ。一日中、痛い痛いと大きな声でうなっていてさ。痛いのはわかるけどさ、もう朝から晩まで1日中唸ってられちゃ、たまらないよ。夜中も全然眠れないし、寝不足だし、こっちも病人だし、参っちゃうよ。だからここに居るしかないだろ。 大体さ、ここにいる人って、なしかしら病室に居たくないから、ここにいるんじゃないの。」

 

 そうやって、その患者さんとの話が始まった。

「俺さ、医者に恵まれなくてさ〜、で、他の病院に移りたいって言っても、出してくれないから、この病院に逃げてきたのよ」

 

「えーー!!逃げてきたって、どうやって?」

 

「如何しようも無い医者に当たってしまってさ。ガンだから切りましょうっていうから切ったのよ。そしたら、ガンって必ず切ったら生検するよね。でさ、生検で出てこないのよ。ガンが。

で、ガンはありませんでしたって、言いやがるの。人の体をこんなに大きく切りやがって、今更ガンはありませんでした、ガンではなかったみたいです〜なんて言いやがる!」

 

「じゃ、癌じゃなかったんですか? 切ったのに?」

 

 だからさ、「おまえ、ガンでないのに切ったのかよって言ったら、そういうこともありますだって。冗談じゃないよ。」って怒ったわけ。あいつ、本当にしょうがないよ。

 でもって、部長なんだから始末悪い。他の先生に文句言ったら、主治医が誰ですかって言うから、名前を言ったら、「あー。あの、すっとこどっこいか。」だって。

 

「生検ってどうやるか、知ってるか? こうやって、一枚一枚薄くスライスして、調べていくの。俺の場合、大きく切ったからさ、たくさんあるから時間がかかって。ずっとガンが無かった。でも、結局あったのよー。最後の最後のスライス部分にガンがあったんだよな。

 

 で、またさ、あいつ、「やっぱりガンでしたって。」

 

「お前な、いい加減にしろよ。人の身体を何だと思っているんだ。」それでさ、転院したいって言ったんだけど、駄目だって出してくれないし、どうにも仕方ないから、親戚の入院していたこの病院に逃げてきたわけよ。」

 

 話は、延々と続く。

 いい具合にツッコミを入れる私。 まさに、漫才名コンビだ。

 

 気がつくと、私は、おかしくて笑い転げていた。こんな悲惨な話をこんなに面白く話せる人に会ったことはない。下手な落語家さんよりもずっとずっと面白い。それに本当に共感できることばかりだったし、まさに日本の医療の現実そのものだったから。

 話は尽きることなく、時間も忘れて笑い続けた。

 

 次の日もエンターテイメントは続き、私は、丸二日、死にそうに笑った。そのおかげで、気がつくと、私は、あの、気が狂いそうな、ネガティブワールドから抜けていた。

 

 自分はなんて幸せなんだろう。最高のタイミングで、最高の主治医に巡り会えて、全ては完璧なタイミングでここに来れた。

 この時もまた、神様は、私に彼という天使を遣わして、私を助けてくださった。ありがとう、神様。ありがとう、患者さん。