高校一年生 5月
職員室へ頼まれていたプリントを運び終え教室へと歩く。
B組の前を通り過ぎる際、佐藤が飛び出してきた。
「なぁ、一緒に帰ろうよ」
「あんた今日バイトは?」
「今日は休み!」
「ふぅん」
断る理由もなくて、私の教室までついてくる。
荷物をさげ、教室を出た。
中間テストが近いのでこうして午前中で授業が終わる。普段佐藤は真っ直ぐ帰っているから、彼女はきっとタイミングをはかっていたはずだ。
それを思うとなんだか心苦しかった。
校門までは少し離れて歩く。別にやましいことなど微塵も無いのに、見られたらどう言い訳するかを考えている。
実際、こうして学校で話をしたり、会ったりすることなどなかった。
「珍しいじゃない」
「やっぱテスト休みだから、バイトはまずいっしょー」
「普段バイトばっかりなのに」
「そうだね」
嫌味のつもりで言ったのに、さらりと肯定して微笑む。
家までは10分ほど。
会話も少なく、すぐに近くの公園まで来る。
「ね、寄らない?」
「いいよ」
一心にブランコに座り、地面を蹴る佐藤を眺める。
高校生にもなるのに、そんなにブランコが愛しいかと思う。本人は楽しそうだ。
「最近、バイト掛け持ちしてるでしょ」
「ばれた?」
「ここのところ、殆ど遅いじゃない。そんなに毎日同じとこ入れないでしょ」
「鋭いねー」
強く地面を蹴った。
目の前に降り立つ。
「行こうか」
彼にとっては、未だ「帰る」場所ではない、私の家。
高校一年生 5月
「あ、あの、私…佐藤くんのこと、好きなんです…」
なんてこんな現場に出くわしてしまったんだろう、と思い、原因を作った数学担当教諭を恨んだ。
準備室からプリントとってこいだなんて頼まれなければ、渡り廊下なんて通らなかったのに。
どうして準備室はこんな人通りの少ないところにあるんだ。
思わず柱の影に隠れてしまって、数秒して好奇心が勝つ。舞台は中庭。
二人だけの中庭。
「あ、あのさ…ごめん」
人の良さそうな顔立ちに申し訳無さそうな表情を貼り付けて、B組の佐藤はお辞儀した。
前に居る、告白したのは…同じくB組の委員長だ。
万年学級委員やってそうで大人しくて今時おさげ。
いろんなことから守ってあげないといけなさそうな少女。
みているとこちらが胸が詰まりそう。
涙をこらえながら、委員長は小さく「ごめんね」と言って、すぐに去ってしまった。
残った佐藤と、隠れた私だけの小さな中庭と渡り廊下。
「趣味悪くない?」
「……ばれた?」
こちらを見ずに、はぁ、と大げさにため息。
佐藤の方へ歩いていって、前を過ぎてすぐのベンチに座った。
数学のプリント類は横にどさっと置き捨て、隣へ誘う。
「委員長、密かに憧れてたのにな」
お爺さんのようにゆっくりと腰をおろした佐藤が後ろに伸びをしながら言うものだから、驚いてしまった。
「なんか矛盾してない?」
自分の吐いた言葉に納得する。
だって、今委員長が佐藤に告白していたよね?
「委員長は、俺と同じ人種だと思ってた。だからがっかり」
「え?あの子レズビアンなの?」
「……それは知らないよ」
「性嗜好の意味じゃなくて?」
佐藤はちょっと俯いて、恥ずかしそうに頬を赤らめた。
「茜ちゃんさ、そのオープンさ、なんとかならない?」
「下品ですみませんね」
会話が途切れたところで、先ほどの会話を反芻する。
私は彼の秘密を知っている。
いや、ゲイではなくて。
ゲイと言っているのは、学科の都合で女子の多いこの学校でのけん制だ。
恋愛なんて興味が無い。
それが彼の本心。
高校一年生 5月
B組の体育の時間になると、窓際の女子は揃って外を見る。
世界史が自習になり、自習用のプリントをまとまって解いている中、
いくつかのグループは窓際に寄って外を眺めていた。
「格好良いよね、佐藤くんて。アカネもそう思わない?」
馬鹿馬鹿しい、そう言おうとしたのに、一緒にプリントを眺めていたはずの春奈の目線もいつのまにやら外。
ただ一人を追っている。
「何、あーいうのがタイプなのー?」
今この時間、教師よりも視線を浴びているであろう、B組の佐藤。
確かに見目良くて、学年一のイケメンと評判だ。
中学が一緒だったが、昔からもてていた。最近では背も伸びて磨きがかかっているように感じる。
高校では入学式の直後からファンクラブがあるという噂もあるけど真実かどうかは謎。
「茜、同中だっけ。いいなぁ」
廊下側の席のあやが寄ってきて、空いていた隣に座り、言った。
「ずっと違うクラスだったから、関係無いよ」
片手を振って否定する。
ね、と同意させようとして、春奈がまだ外を見ていたことを知る。
「もしかして、春奈、本気で好きだったりするの?」
「まさか。憧れ憧れ!」
結構熱入ってる人もいるから、佐藤好きというのはわからない。
というのは、入学式が終わり、教室に戻る渡り廊下の最中で、
彼は同じ新入生で現在学年一の美人と謳われている子に、大々的に告白されていた。
―ごめん、おれ、ゲイなんだよね―
まさかそんな風に断られるなんて夢にも思わなかった当人と、周りの男子の引きっぷりと、一部の男子の目の色が変わったことを、よく覚えている。
「でもあの人ゲイじゃん」
というわけで、思い出したそれをそれとなく口にしてみたが、周囲には無視された。
そこは置いておくべきところらしい。
さらさらの黒髪。
やたら整った目鼻立ち。
ちょっと肩幅があって、でも細めで、足は長く、運動神経抜群。ちょっと残念なオツム。
いつでも笑顔。
夏の香がする日差しの中で、彼は笑っていた。
