大阪に若手芸人と呼ばれる人たちが何人いるのだろう。
現れては消え、そしてまた山のように現れては山のように消えていく。
芸人を志し、舞台に立ったその日から”芸人ラットレース”に巻き込まれていくのだ。
よしもとの養成所、「NSC」には大阪だけで毎年600人ほどの生徒が入学するのだが、1年後に残っている芸人は約30組。
およそ1年で540人は脱落していくのである。残存率は10%と言ったところか。
聞くところによると授業内では「お前は向いてないから辞めたほうがいい」と講師に言われたりするらしい。この辺りがよしもとらしいのだが、普通の学校なら辞められては困るので引き止めるように、褒めて煽てて卒業生を多く生み出し、その中から優等生が出れば、学校の勲章になるという考え方で運営されている。
しかしNSCは厳しいふるいに生徒をかけていく。この網の目の粗いふるいにかけられて、厳しい1年を耐えてきた芸人だけが卒業できるのだ。
この1年、芸人としての資質をある程度周りに認められ、また自らのモチベーションを落とすことなく、人として同期や先輩、講師、社員などとコミュニケーションが取れる者だけが残るシステムだ。決して力のない生徒に”居場所”をNSCは作ってくれない。
一方で540人の人たちは、自分の力量を知り、また同期のオモシロイ奴たちに張り合うことをあきらめてモチベーションを下げ、人間関係を上手く築く事に困難を覚え、入学前に描いていた「俺は面白い!」という自信を無くしてしまうのが入学後すぐの事。要は現実を知ってしまうのだ。
こんなに多くのライバルがいて、先輩がいて、いずれは後輩もやってくる。
「売れる」ってことが如何に思っていた世界より何百倍も困難なのか。あれほど難しいのは承知だって頭の中で何度も復唱してその上で乗り越えられる、頑張ってみると決意して入ってきたのに、気付けば自分のエネルギーの残量と照らし考えて、あっさりとおきらめてしまう。それが普通の感覚、一般的な感覚だ。
そして半年もすれば半分の生徒はいなくなってしまう。そう考えれば1年残っただけでもスゴイと言えばスゴイ。
そして卒業後、1年、2年と経つにつれ解散や引退してしまう芸人が増え、更に残った精鋭と、また卒業してくる精鋭が凌ぎを削り、よりふるいにかけられ、粗い網の目に引っかかっている者が更に上を目指し、日々貧乏と希望と挫折を抱き歳を重ねていくのだ。
そんな精鋭が何百組と大阪には存在する。
これがイベント制作を通じ、若手芸人と対峙して僕が見てきた「よしもと芸人工場」だ。
次から次へと強力な芸人予備軍が作られる。
山本五十六が若い頃、アメリカデトロイトの兵器工場を視察し、次から次へと作られてくる兵器の生産力、アメリカの軍事力を目の当たりにし、アメリカに宣戦布告するのを最後まで反対したという話がある。その他の軍部は、日本の戦力を過大評価していた。しかし、現実を知る山本五十六は日本の軍事力ではとてもかなわないのを分かっていた。しかし開戦へと向かう決定が下る。真っ向勝負では勝てないと判断する山本五十六は早期決着を目指し卑怯と揶揄される「真珠湾攻撃」を考えたのだ。
在版のよしもと以外のお笑い事務所は、あの芸人工場をどう見ているのだろうか?今の大阪お笑い界はまさにアメリカ的なよしもとが勢力のほとんどを掌握する中で、他のプロダクションは旧態依然とした形式で芸人を抱えビジネスをしようとしている。
幸運にも僕は近い位置であの芸人工場を体感させてもらっているので、その旧態依然とした芸人養成、プロデュースの仕方を疑問でしか捉えられない。
「面白い芸人を育て、メディアに露出させていく」
という事が成功の定義なら、芸人を育てるというビジネスは、よしもと以外のプロダクションは、投機に近いギャンブルになるだろう。
1組1組丁寧に業界のルールを教え、大事に大事に育て、ライブを与えても、やはりあの精鋭たちには適わないのだ。足腰の強さが格段に違う。それはよしもとの環境を目の当たりにすれば分かるのだが、見ていなければどこかに隙間があると考えるのか、昔と同じで1組作れば戦えると思っているのか。
確かに昔は弱小プロダクションでも1組売れる芸人がいれば戦えた。しかし、今のよしもとは圧倒的な数と先輩後輩との繋がりを前面に出し、それぞれが力のある芸人ばかりで構成され、テレビやライブで笑いを生む。それらの勢力に勝てる1組を生み出すのは、今のメディア事情などを考慮して100%に近い確率で無理だと僕は思う。
それは、次から次へと出てくる芸人の新鮮さに観客が慣れてしまったのも原因だと思う。よしもとの3倍くらい芸人を抱えることが出来れば、勝負は出来るかも知れないと言ったところだ。数で勝負するか、ダウンタウンのような圧倒的な芸人を作り出すかと考えればその難しさは分かると思う。
そして老舗の松竹芸能ですら苦戦を強いられている。
松竹芸能は力のある芸人はイチ早く東京へ進出させ、東京で売れることに成功したら大阪へ逆輸入してメディアで活躍させる手法を使っているようだ。「ますだおかだ」や「TKO」と言った芸人を見れば一目瞭然だ。大阪のメディアは言わば全国ネットで売れた芸人ならよしもとでなくても使うだろうし、理に適った考え方だと思う。一方で大阪のテレビ関係者の怠慢にも感じるが。
大阪で売れて東京に行ったのは松竹芸能で言えば「オセロ」が最後くらいじゃないだろうか。芸人というジャンルに入れるかどうかは別として。
他の事務所は若手芸人に括れば足元にも及ばない。ビジネスとして成立すらしないとさえ思う。
もちろん事務所によって芸人をどう扱っているのかは意図が違うだろうし一概には言えないが、中には営業で使えるから抱えているという所もあるだろう。だが面白い芸人を育てメディアに出し、売れっ子にする事が目標であるなら一刻も早く認識を改めなければならないと思う。違った考え方で芸人をプロデュースするなどの変化が必要だろう。
だから大手のナベプロやホリプロや太田プロと言った東京のプロダクションがマーケットのある大阪には参入してこない。養成所を作るだけでもそこそこのビジネスになると思うのだが、あの工場が頭の中にあるのだろう。まぁ、不景気もあって大阪には金銭的な魅力を感じないのかも知れないが、15年ほど前なら十分マーケットはあったにも関わらず、大阪には黒船は来なかったのだ。
外敵を侵入させないくらい昔からあの工場は強大だったのだろう。
そして、力のある若手芸人は、売れている先輩と一緒の舞台に立つことができるのもよしもとの特徴だ。
様々な壁を乗り越えてきた先輩と一緒に舞台に立ち、打ち上げで話することが出来る環境は若手にとってはかなり大きい。普段のノリや空気、考え方、様々なことを生で学ぶ。また成功している芸人を接することで夢が膨らみ、更に努力するようになる。いい事ずくめだ。
例え担当社員に能力が全く無くても芸人が勝手にどんどん成長するシステムを作り上げたことが大きい。何もしなくても芸人が勝手に成長する。成長した芸人をピックアップしていけば苦労することは少ない。力があるか無いか、すぐ辞めるかも知れない芸人に個人的なエネルギーを使って指導しなくていいのだ。
一方、他のプロダクションは社員が能力があるかどうかも不透明な芸人を必死で育て、ネタのアドバイスをし、飯を奢り、膝を突き合わせ、必死に売り込みをしなければ育たない。しかもその成長スピードは格段に遅い。そして挫折してすぐ辞めていったりする。NSCに入っていたら540人の中に入っているであろう芸人を必死で教育しているのと同義だ。
これが旧態依然なのだ。この差が今の大阪若手お笑い事情をよく反映している。よしもとばっかりなのは
よしもとの芸人が明らかに力があるからなのだ。
居場所を与えられた小さな事務所の芸人は環境が甘すぎて、彼らと力の差がどんどん付いてくる。
彼らは少々笑いを取ったくらいや結果が出たくらい、数回テレビに出たくらいでは慢心できないのだ。だから彼らは芸に関しては驚くほど謙虚だ。更に面白いネタ、面白く見えるキャラクターを模索することに貪欲だ。
そんな芸人が数本の舞台と、自分たちで主宰するライブ以外に出る場所がなく埋もれている現状が今の大阪の若手芸人界だ。
面白ければ売れる時代ではなくなった。
面白くて当たり前。
面白い芸人だらけの中から更に面白いと認知され、それを何年もキープしながら売れる機会を伺い、運も味方に付けた者だけが売れていく。
僕がこの業界に入ったのが1994年。
この頃は面白いとされる芸人は全て何らかのチャンスに巡りあえていた。
例えばABCお笑い新人グランプリの予選には30組程度が参加し、10組が決勝に残る時代だった。
今は100組を越えるエントリーがある。もちろん各事務所が厳選して出してくる。その100組だ。何故あのコンビが予選にすら出れないのだろうと、いう話題も毎年多く競争は年々激しくなっている。
この芸人ラットレースの中から抜け出すのは、強烈な個性とクオリティの高いネタ、芸人自身のパーソナリティ、そして運が味方してこそ抜けられる熾烈なレースだ。
あの工場と戦える芸人がよしもと以外から現れるようになれば大阪はもっと面白くなる。
2011年現在、松竹芸能の「さらば青春の光」がその最右翼だが、できる事なら東京へは行かず、しばらく大阪で活動して欲しい。
”大阪で売れる”芸人がよしもと以外から現れたとき、大阪のお笑いはもっと面白くなる。
かつて小劇場の役者や雑多なプロダクションのタレントが凌ぎを削っていた大阪のバラエティ番組には面白さがあった。その力と自信を携えて大阪で売れた人たちが東京へと挑戦に行く。そこには夢があった。
しかし今、東京へステップアップする為の踏み台としてしか大阪は機能していない。
芸人界のヒエラルキー、事務所の優劣に翻弄されることなく、テレビに出ている出ていないに関係なく、唯一の笑いを各自が作り我々を楽しませてくれることが、大阪を今以上に面白くすることだと僕は思う。
今、大阪の若手お笑い界はよしもとの独走だ。
よしもと内で勝った者だけが世に出て行くチャンスを与えられる。
それ以外のルートは針の穴ほどしかない。
それくらい大阪の若手お笑い界は”よしもと”なのだ。
大阪の芸人=よしもと
大阪の笑い=よしもと
この図式はこれからも続くのだろうか。
このままでいいような寂しいような気分でこれを書いている。
次回は大阪のメディアと若手芸人の関係性について書いてみたいと思います。
長々と読んで頂いた方、ありがとうございました。