この題名だからこそかと思いますが

きっとそこで見てる方は親目線かなと思っているかもしれませんが、ごめんなさい。

子供目線からです。


こんなこと言う子供なかなかいないのではないでしょうか?

少しでも、いち子供が思っているしょうもない独り言を見てくださると幸いです






複雑だからこそ思ってたこと

私の最初の投稿を見たくださると分かるのですが

私の家族はすごく複雑です。

あまり人に言うことではないと、自分自身が思い家族構成を話すことは少ないのですが

私の親は2度同じ人と離婚をしています

要は本当の父母が2度結婚して2度離婚したんです



母は私が小学生の頃に精神疾患を患い、ほとんど見かけてませんでした。同じお家に住んでいるのに、母親が母親ではないような。

母が笑った顔は小学生低学年でみんなで行った家族旅行が最後のように思います


父はサラリーマン。忙しいながらに家事をしてくれていたと思います。でも小さい頃の私は父に笑って褒めてもらったことがない。

そんなことが印象づいていました



自分で言うのは失礼極まりないのですが

属にいう愛情を私は形として表現としてされたことが人より少ないと思って成長しました



親は私に興味がない

これが私のテンプレの思考回路



じゃあ、属に言う愛情をあなたはなんだと思っているの?と思う方がいるかもしれません


簡単だったんです

褒めて欲しかった


テストで100点を取ったら褒めて欲しかった

委員長に選ばれたら褒めて欲しかった

運動会で1位を取れば褒めて欲しかった


少なからず私はえらいね、頑張ったねと聞いたことはゼロに等しいと思っています





そんな私が思い直したきっかけ

2度目の離婚後に出会った、継母の存在が大きかったように思います。


当然私からしたら他人のような人が突然現れ突然家族になるのですから、戸惑い緊張しぎこちなかったです。それは私だけでなく継母もでしょうけど。



年頃の私は父親とよく喧嘩をし、揉め事をしていました。

なんで?なんで?と思うことが多く、怒鳴るように問い詰める。そんな私がいました。



ある一悶着が起きた時

普段口出しをしない継母が、私に言ってきたんです


「その言い方はちがくない?」


はっきり言って驚いたことを覚えてます



私が思ってたこといい、寂しいとまで伝えました




親も1人の人間で

あなたも1人の人間



親だからといって私の意見にすべてに同調する事は無理ですし

親だからといって私の人生を決めることは出来ないんです



だからこそ私が責任を取れる歳になった時は

親のせいにせず、環境のせいにせず

私が決めたんだと責任を取る覚悟が足りなかった

と、そう思う覚悟が着いたのです。



そこから私は家族に愛されていないと

思うことは少なくなりました。



要は捉え方なんです

親も1人の人間で

親が全ての理解者ではない

親も泣き、笑い、腹が立ち、八つ当たりがしたくなるんだと思うようになったのは

私の中ですごく大きい成長(?)だったと思います。