幼少期自分は虐待を受けた、下手くそな文章ですが読んでもらい虐待が身近にあり今も助けを待ってる子供がいることを知ってもらいたいと思い覚えてる事、聞いたことを書いていきたい。
全て実話、大人であり人間が行ったことです。Threadsに書くとたくさんのコメントやDMをいただきここに書くことを決めた。同情などは求めていない同じ境遇の子供がいなくなることを祈り願いここに書く。
今から30年前自分は産まれたが父と母は産まれてすぐ離婚、母に引き取られ二人の生活が始まった。
記憶がまだ4歳のころなのではっきりしないが薄々憶えている。
保育園に捨てられた、待っても待っても母は来ず保育園の先生と夜を迎えた
大雨だった記憶がある 夜を迎えた、先生と保育園でご飯を食べテレビを見ていた。
すると遠方から祖父母が向かいに来て抱きしめて大声で泣いていた何が起こったかわからなかったと思う。
まだ4歳の子供。先生と楽しくご飯ぐらいにしか思っていない。
祖父母と共に祖父母の家に向かいそのままそこでの幸せな生活が始まった、祖父母はまだ50代であり4歳の自分と遊ぶ体力もありよく遊んでくれた。
保育園も変わり友達と遊ぶのが大好きで砂場に深い穴を掘り水をためたり、野球をしたりジャングルジムで遊んだり普通の子供だった。祖父とはよく野球をして祖母は自分が打ったボールを取りに行って走り回っていた、お弁当を広げ海でも遊んだ。当時の写真には笑顔で写る野球帽をかぶる自分がいる。
大好きだったとにかく二人が祖父の職場は料亭であった料理長の祖父に会いに祖父が仕事中でも
祖母にわがままを言い、厨房に走って行き抱っこされおいしそうな料理を小さいお弁当につめてもらい
従業員の手を引き駐車場で野球の相手をしてもらい可愛がられた。
店の入口をほうきで掃除して褒めてもらったり、いけすの魚にご飯粒をあげ怒られていた。
幸せな日々だったに違いない。
2年ほどして6歳になりいよいよ小学生まであと1年ほどの頃いきなりその時はきた
母が男を連れ自分を引き取りたいと泣いてお願いした
祖父は激怒し母に手を上げた、初めて見る祖父の姿、でも自分はわかっていた
母は自分を捨てた事を。
母は自分を意地で引き取り祖父母から自分を引き離したのだ。
そして母と見知らぬ男との生活が始まった、子供ながらにそれが苦痛で家にいたく無く毎日朝早くから外に出て帰りは夕飯の時間だった前の保育園は離れていて通えず保育園や幼稚園には行かず
朝から晩まで一人、祖父が買ってくれたバットとグローブを持って公園で過ごした
他の子供はいるはずのない、みんな保育園か幼稚園に通っているのだから。
食事すら一緒が嫌だった酒を飲み野球を見て何かを話している二人と大好きな野球も見たくはなかった
帰りたかった野球を祖父母と見ながらご飯を食べたかった。
そんな俺がかわいくなかったのであろう虐待が始まった。
使っていない部屋電気の無い部屋が自分の居場所になった、食事を一人でとり風呂に入るとすぐに部屋に行くように命じられた、保育園でもらった絵本などすべて捨てられていたのであろうと思う
部屋には布団と自分の着替えしかなかったとにかく窓から外を見て祖父母の迎えを毎日変わらない景色を見ながら待った。
暴力も始まったリビングでテレビに背中を向け正座をさせられ何時間も二人が寝るまでさせられた、
テレビからは大好きな野球の声、大好きな松井秀喜選手のホームランの声、我慢できずこっそり見た
顔面に蹴りが飛び罵声を浴びた鼻血がパジャマを汚したそれでも声も出さず涙も出さず正座に戻った
母にしかられたのだ。味方はいないのだキリンの黄色いパジャマの鼻血のシミが消えず、そのパジャマも捨てられた、ただのパジャマかもしれないでもそれは祖父母からもらった自分の数少ない宝物だったに違いない。
食事もまともに出なくなりじぶんで炊飯器からご飯をよそぎ振りかけを食べた
お気に入りのウルトラマンの茶碗とハシは味噌汁をこぼした時に母が激怒して茶碗は捨てられハシは折られたので大人のどんぶりのようなものに入れて電気を消した部屋で食べ、洗わないと暴力されるので椅子に登り洗った。そして部屋に戻るのであった。
バットとグローブも捨てられた朝出ようとするとなくなっていたもう自分に残された宝物は
保育園で作った画用紙にビーズで書いた何かと通園バッグだった。それを出しては保育園を思い出していたんだと思う。しかしその画用紙も何かしら言われ取られ捨てられた。
暴力だけが虐待じゃないのだ、宝物、それを捨てるのも虐待である。
もう一言も誰とも話すこともなかったもちろん家でも。
いつもいく公園で祭りがやっていた、お金などないがチョコバナナがすごく美味しそうで羨ましかったことを記憶している。本当に美味しそうでかき氷も美味しそうでずーと座って見ていた。
ある日お菓子をもらった、その場では食べず家に隠していつ食べようか何回も出しては見ては我慢した。
もちろん家ではお菓子など出ない飲み物も水、公園でも水道水をがぶ飲みしていた。
何日たったころか忘れたがお菓子を開けたプチシューのようなもので中身はぐちゃぐちゃになっていたが
食べた。美味しくて包装紙を捨てるのもためらい、包装紙も宝物の一つになり大事にしまっていた。
外出も許されなくなり、二人が仕事の間は家にいた。自分にとって野球を見るチャンスだがニュースしかやっていない、ニュースに映る松井秀喜選手がかっこよかった。希望であり憧れであったのだ。
とある朝家を早くに出た二人が寝てるのを見計らい迎えに来ない祖父母をさがした
祖父母の車、遊んだ公園、家
朝から晩まで歩いたが見つからなかった、見つかるわけのない大人でも車でも距離があるのだ
しかしまだ子供、そんなこと知らないのであった。
夜になり保護された優しいおばさんがパトカーを呼び交番に向かった
母が捜索願いを出しており母が迎えに来た。交番でなぜ居なくなったのかおまわりさんにきかれても何も答えず足元をずっとみていた。
母に連れられ家に戻ると尋問が始まった、なぜ居なくなったかどこを目指したか。
正直に答えた。すると母が初めて暴力をふるった
殴る蹴る投げる。もうこのころは何事にもびっくりしなくなっていてどうも思わなかった。
このころ小学生にあがるのが近いとのことで勉強を夜しろと言われ二人がテレビを見ている横で
字を書いたり算数をした、間違えると殴られ消しゴムで全部消されて最初からやり直しだった
眠くなり寝ると頭から水をかけられたりもした。
脱走してからクツを隠されたしかし自分は裸足で脱走した、通園バッグに何も入れずそれだけを持って出た。
しかし寒さと足の痛さで公園に座っていた。公民館のような建物がありそこで気付いたら寝ていた。
寒くて裸足の足を通園バッグにつっこんで寝ていた。
あたりは暗くなり外灯がついていた。高校生の二人組におんぶされて交番にむかった。
高校生の背中で泣いたわんわん泣いた。交番でおまわりさんに手を握られ色々聞かれたが
自分は一言も答えなかった、きっと自分を守るためであり防衛本能である。
このころは今のように虐待に厳しくなく母のもとに戻された。
ある日ガムテープでぐるぐる巻きにされた押入れに入れられた。二人はどこかに行き翌日帰ってきて
押入れから開放されたこともあった。
もう心はぐちゃぐちゃで踏み潰されたであっただろうに自分はまだ諦めていなかった。
ある日助けは来た、祖父母と親戚が部屋に飛び込んできた母の友人が居場所を教えたのだ
母は祖父母に嘘の居場所を教えていたのだ。二人は祖父と親戚に引きずり回されていた
祖母は泣きながら抱きしめ車に自分を乗せた、、助かった。
その友人が居場所を機転を利かせ教えなかったら自分はエスカレートする虐待に殺されていたかもしれない。
そして全てを祖父母に話した祖父母は親子の縁を切り自分をまた幸せに育ててくれた。学校が楽しくてたまらなくて毎日帰っては学校の話を祖父母に聞かせていた。
小学校低学年のときワールドカップでの日本代表に感化されサッカーに芽生え小学校卒業と同時に祖父母を離れ強豪校入学し寮に入り特待生でサッカーに全力をそそいだ高校では怪我に泣かされたが三年間に悔いなく楽しく卒業した。
仲間もたくさんでき毎日が楽しみで寝るのがもったいなかった。大学でもサッカーを続けたこの厳しくきついサッカー人生も自分には虐待されたが気合いで乗り越えたと思っている。卒業してふと昔のことを思い出して
昔暮らした地獄のアパートに行ってみようと思った、記憶している範囲と聞いた話で向かってみた。
祖父母に聞くわけにはいかない、きっと嫌な思い出であろう。
アパートについたとたん色んな記憶がよみがえる。
気持ちがソワソワしていつも朝から晩まで過ごし一人ぼっちで過ごした公園に行ってみることにした。
公園につき当時の事を考えているとフラッシュバックして当時の自分
6歳の自分が見えたんだ。くちびる噛みしめて我慢してた自分、涙も流さずなにかに希望を持つ自分。
きっと自分は諦めてなかったんだ。子供なりに何かを思って期待して頑張ってたんだよな。
辛かったよな、だって本当に辛かったんだから。
抱きしめてあげたかった、もう少ししたら祖父母が助けに来るぞって。
本当に我ながら強かったと思う。我慢したんだ心は持ち続けて。
今虐待されてる子供がたくさんいます。
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救える命はあります。自分も殺されていたかもなんで
大人が少しアクション起こすだけで変わります。
なにかこの記事を読んで自分にできること、質問等ありましたらお待ちしています。
児童施設でサッカーやボール遊び教えて!などもお待ちしてます😄
傷ついた子供に笑顔をプレゼントできるように生きていきます。
日本全国うかがいます😄
長くなりましたが虐待が無くなることを願い書いてみました。