ども、素導亭次郎です!


読者数増やすぞ〜〜〜!!



中学入学から半年で不登校児になり、とにかく家に引きこもる様になりました。しかし厄介だったのは担任のKがしつこく家に来て学校まで行かされることでした。当時の家族構成は親父仕事、姉高校、祖父通院しがち、祖母祖父の通院の付き添い、母その通院のアッシー君。といった感じ。その間に私は何度も学校に無理矢理行かされる訳ですがあえなく不登校になりました。その時Kがとっていた行動が丁度家族が出払っている間家に入り込んで私を探すというもの。押入れに隠れますがあえなく見つかって強制送還です(笑)。


さて、不登校になると私は髪も切らなくなり風呂にも入らなくなりました。風呂に関しては元々入らなかった(小学4年ぐらいから)のですが、学校に行かなくなってからはそのスパンも長くなり月23回になりました。ずっと家にいるので基本はゲームをして過ごす日々が続きます。朝起きて飯食ってゲームして飯食ってゲームして寝るの繰り返しです(笑)。勉強は勿論まったくしません。中学2年になってからは家の庭でサッカーをするぐらい回復(?)はしてました。今思えば担任が変わった中二からでも学校に通い初めてればと後悔しています。結局中二になってからも一回も学校に行くことなく家でダラダラと過ごし基本はゲームをして週末はスカパーでサッカーの試合を観て同じくスカパーの夜の番組をオカズにセンズリをこくという習慣を繰り返していました。今現在までセンズリスト、オナ◯ストなのはその頃の名残(言ってる場合か!!)。



その頃うさぎを飼い始めました。「レコちゃん」と名付けました。その名前の由来は同時応援していた海外サッカーチームの某国のエースストライカーが大好きだったのでその名前の一部を取りそうしました。私が不登校になった理由の一つに、中学にサッカー部が無かった(英寿)ことが挙げられます。勿論、中学で「イジメられて引きこもりになった」という王道パターンではないので説明するのも一苦労です(笑)。

むしろ気にかけてくれた“友達”もいっぱいいて態々自宅まで来てくれましたがやはり私が学校に行くことはありませんでした。2年になった担任の先生は20代の女の先生で度々手紙をくれた。その先生とも一度も顔を合わせることなく一年が終わった。名前は当然覚えていない。そして、3年になってから担任になったのは30代(?)の女の先生。イニシャルはCで、その先生のことは中学に入る前から知っていた。何故なら姉貴の担任だったから。その先生もたまに手紙をくれたりしたが私が学校に行くことは一度も無かった(敦彦)。


そんなパーフェクトの真逆をひた走る人生の中で私が引きこもりながら培ったのは・・・




人を無意味に僻むこと



ぐらいかな~・・・。



その頃ハマったもの


・テレビゲーム

・果物栽培

・三国志

・ドラゴンボール

・ちょっとした料理

・うさぎの飼育


次回は《中学卒業~「ニートデビュー」》をお送りします。