海外に住みながらにして、ずっと興味のあった日本のボディビル・フィットネス系事情。



フォローしているYouTubeの有名どころはそういう大会で活躍している人が多かったのもあるし、減量期が同じだったりトレーニングの仕方を真似てモチベーションを保ったりと




それはそれはこの数年間毎日のように私の生活の隣にあったものであった。

 

ただ有名になってくると、よくあるアパレルに手を出して、ただでさえものを増やしたくない・増やさない生活をしているのにこれ以上衣類はいらないと、その方たちの活動を応援したくてもアパレル展開が衣類しかない場合は海外発送をしていないというのもあるけれど、友人の家に送るとか方法はあるわけで、買わないことがほとんどだった。(唯一買ったものがあるのだが、いまだに日本に入国できない日が続いているので日本に置きっぱなしである。)

 

 

秋ごろに応援していた一人が下馬評では断トツだったものの、どういうわけか大会で負けてしまうということがあった。



惜しい負け方ならまだしも、なんなんこれ?の順位で大会の意図というものを疑いたくなるレベルであった。次女の最後の大会になってしまったあるサーフィン大会の決勝と同じくらいのその後のモチベーションを維持できないレベルであったし、この数年で姉妹の部屋にあったすべてのトロフィー類は処分したけれども、私は、あの大会のトロフィーだけはどうしてもあの日を思い出すために残しておいてほしい。。。と言い、彼女の部屋のナイキコレクションの中に埋もれているが、今でも存在している。あれを見るたびに私はもう二度と競技をやらない!と思えるから

 

 

 

それからと言うもの悲しすぎて、自分の事ではないのにこの人のYouTubeが見れなくなってしまった。



そして、その後の大会で別のYouTubeやってる人が出ていたのだが、これは結果や内容云々ではなくて、この人の裏の(真実の)人と也を知ることができて、サブスクリプションも外してフォローもやめた。



ある意味良かったと思っている。

 

 

この上記の二つについては飽きたというものではないのだが、他には飽きたというのは確かにある。



これは、私がわざわざYouTubeのアカウントを取るきかっけにもなったくらいの人生を変えてくれたレベルのYouTuberさんx2だった。一人は全世界にフォロワーを持つ有名人だったが、ある日を境にほとんど更新しなくなり、インスタがメインになり、インスタやってなかったのにこの人をフォローするためにわざわざインスタのアカウントを取ったくらいだったが、今はなんか方向性が違ってきて、興味を失ってしまった。

 

 

もう一つも同じくらいに私のここ数年の人生観を変えてくれた人だったが、最近見るのも苦痛なくらい飽きが来ているのもあり、そんな矢先本当につい先日の出来事なのだが、「なんだかな。。。」と思うところがあり、今はまだフォローしているものの、多分そのうちフォローも外していくと思う。いちいち案内がきたりするのも面倒なので。

 

 

小学校の頃の先生に憧れるとか、コーチみたいな人になりたいとか、先輩みたいな人になりたいとかいろんな影響を与えてくれた人はいたのだと思う。それでも、40以降の人生で、ここまで私の人生観を変えてくれた人に、対面ではなくYouTube上で会えるとは思ってもいなかった。しかも一人ではない。

 

 

そして、3年位前から、この時期~クリスマスになると娘らが私の来年のカレンダーをカスタマイズして作ってくれるようになった。トレーニング専用のカレンダーで一年物。トレーニングの種類をアルファベットで記入するだけのシンプルなカレンダーだが、上半分には私が大切にしていたりモチベーションになったりしている写真がコラージュされていた。

 

 

そして、その年の気に入っていたものだとか、はまっていたものだとか、憧れていたものだとかが見返すとすぐにわかるようになっているのも面白い。またこの時期が来たので、来年のカレンダー用にどんな写真たちがいいかな。。。と考えていて、

 

 

 

去年まで数年連続で使っていた写真がいらなくなっていることに気づいて、「あ~、私はこの人たちから卒業したんだな。」と思えたのだ。

 

 

 

そんなことを思えた誕生日だった。生きていることがまずうれしい。(去年、死亡しても訴えません!の誓約書にサインして誕生日手術に臨んだから。)

 

 

そして、今年の誕生日、今日は波はあるけど風がすごいので、6時からジム。スイスボールでのトレーニング、次の段階に行けるように。これは大きい。それが誕生日にできるようになったこともうれしい。

 

 

2017年のUSオープン、ハンティングトンまで見に行った。そこの大会会場の真ん前にある高級なホテルのジムで、スイスボールに乗ったのが初めて。あの日、そのままサーカスのように、漫画の一コマかと思えるような転び方をした。そして、転げ落ちた際そのフロアで腕を擦りむき、本当に痛い思いをした。今でも痛快な記憶として思い出せるあの日のスミスボール。あれから4年。

 

 

私が世界で4人いるあこがれのサーファーの一人がトレーニングに取り入れていることをできるようになりたくて、本当に真剣に練習してきて約4年。

 

 

スミスボールの上に立っている自分を鏡で見て、本当に泣きそうになった。

 

 

 

誕生日おめでとう。私。花火