ちょっと脱線です。
昨日(正確には今日未明)、帰宅中に人身事故に遭遇しました。
そこで、待つなか、このシリーズの本質に気がつきました。
電車が人身事故を起こし、1時間止まりました。
終電1本前だったこともあり、臨時に次の駅までは動いたのですが、またストップ。
ほぼ半分の乗客が、タクシーまたは徒歩で帰ろうと降りました。
僕は距離的な問題と、あの人数がタクシーを捕まえるのは相当な時間がかかること、また無用な出費だと判断したので、車内で本を読みながら待ちました。
電車はしばしのち動き、結局1時間遅れで駅に。
車内で電話している人の話が聞こえたのですが、
「結局タクシーの待ち行列の長さに諦め、駅に戻ったら電車が動いた」
と話していました。
結果的に、僕の判断は、僕には快適な事態を呼び込みました。
でも、被害(1時間のロス)は免れてはいません。
このシリーズで考えたいことは、そういうことです。
災害、恐慌がこないならよし。
ただ、きた場合、巻き込まれざる得ないので、それをどう付き合うか?
それを考えておきたいのです。
逃げるためではなく、乗り越えるために。
昨日、イライラしながら降りていった乗客の方の心中は察します。
僕も正直、休憩なしの長時間立ちっぱなしの勤務で、疲れていたので早く帰りたかったです。
でも、どうしようもないときに、どういう行動をとるのか?
僕の中には、それが明確にあったのは、大きかったのです。
無用に怯えない。
無用に感情に振り回されない。
事実を整理し、感情を見つめ、そして対応策を考え、実践する。
そして、いくばくかの後悔とともに(性格的に後悔しないことは僕には無理です(^^;)、
感情的に揺れながらも、流されない日々を人と共に淡々と過ごそう。
それが、僕の行き着きたい先なのだと、気付きました。