行動の正しさ、人間誰しも考える時があると思います。

私は今抱えている問題について一つの結論を出しましたがそれが正しいことなのか、間違っているのかわからず周りの人間に相談するもみんなとてもいい人達で私を肯定してくれる。みんながみんな肯定するもんだから余計に不安になる。だから不安にならないためにここに書き記す事にしました。


私は親が憎い、信用できない。

私はダイハツの下請けの部品工場で働く父とパートタイマーの母の元に生まれました。

家族構成は4人、妹がいます。


小さい頃から偏差値38程度の貧しさと繰り広げられる夫婦喧嘩の元で育ちました。

そんな私はお金がないから喧嘩が起きていることを中学生くらいの時に確信します。なぜなら喧嘩の内容はいつもお金の話から始まっていたからです。時には誕生日に食べかけの和菓子を進呈された事もあります。そこから誕生日を祝うという概念は私の中からなくなりました。

幸せなことがなかったのではありません、優しくしてもらったことなどあったように思いますが人の脳はうまくできていてフラストレーションを記憶しやすいようです。自己防衛の一部でしょうか。


時はすぎ、高校生の私は考えます。

ああいった父親母親にならないためにはどうすれば良いのだろう?と

子供の頭で考えた結果国家資格に目をつけます。

なぜか理系科目にはそこそこ強かった私は薬剤師を志します。

学費は1200万円、かなり大きな出費です。

大学生になる頃には父親と母親は別居に近い状態になっていました。金がないが母親の口癖でかなり若い頃から家の家計を見せられては自分は大学に行ってよかったのだろうか?と思う日々が続きました。

しかし、大学生になれば友人もでき遊ぶことも増えていきました。母親は決まって学生の分際で生意気であると言った旨の発言を私にしてきました。自分だって若い頃は散々遊んでいたくせに人が遊ぶと文句を言うのです。

そんなこんなで大学は6年生に差し掛かりいよいよ国家試験の準備をとなっていた時、離婚裁判が始まります。その頃になると母親は私を頼るようになっていました。裁判所に出向く、弁護士事務所に出向く。かなりの頻度で私はお供させてもらっていました。言い訳になるのですがそんなことをしている時に国家試験の勉強など手につきませんでした。一日中もやもやしていました、そして国家試験は不合格になりました。企業の応援を頂き予備校代の80万円を捻出しなんとか来年へ繋げましたが、父親はその頃になると生活費を止めてしまい妹の学費が捻出できなくなっていました、当然緊急奨学金120万円を借りることになりました。


裁判が終わった後母親はこういいました。

私達は協力して生きていく、だからこの緊急奨学金は3人で払おうと。


私は納得しました、妹が可哀想だったのもありますし何より自分がお金を使いすぎてしまっていたから。

翌年国家試験に合格にめでたく就職した私はここから私達家族は協力してより豊かに過ごすものだと思っておりました。


しかし現実はちがいました。

母親は仕事を辞めました。どこも悪いわけではありません、ただもう疲れたという理由です。20万円あった給料は5万円程度になり自活するのも困難な状況になりました。

妹は就職活動に失敗し、まずは下積みをということでアルバイトから開始しました。


この状況下で生活費が支払えるのは私だけでした。

薬局の業務は夜が遅く10時を回ることが頻繁にありました。やっと帰った、じゃあゲームをしようと友達と話しながら自室でゲームをします。


すると翌朝6時起床の妹がうるさいと言ってきます。

妹は自分が休みの日で私が仕事の日は平気で今で大笑いなどしているのですが自分だけダメなようでした。鬱憤もかなり溜まってきていた頃ぽろっと文句があるなら出ていけばいいと妹がいないところで発してしまいました。これは失敗でした。


母親はこれを妹に伝え、妹は出ていきます。

後に私に追い出されたと言っていたそうです。

これを言えと言っているわけではありませんが私は妹の分の生活費を出していました。しかし妹の口から出る言葉は労いではなく恨み言でした。

母親曰く妹は自分で学費を少し貯め、授業にかかる道具などの費用を負担していたからだそうです。


ある日母親はいいました、あなたがお金を入れてくれるお陰で私は給料に手をつけずに済むと。


しばらくして母親は、自分と妹の世話を散々させた挙句私にこう言いました。妹の奨学金はまだ払わないのかと。


この時の母親はめちゃくちゃでした。

働かない、多めにお金を請求しそれを着服する、家計が厳しいからとお金を請求し被服費にする、勝手に猫を飼い始めて猫税と称し月々お金を請求する、固定資産税や相続税を私に払わせようとする、車の走行距離がいったので今のお前の車を寄越して車検を通せなど。


まさにやりたい放題をつくし私のお金を食い散らかすに至っていました。


当時残業時間が月60時間を超え、夜勤もあったため体調を悪くした自分は仕事を退職してしまいます。仕事もなくお金に困った時期がありまして住民税が払えなくなってしまいました。母親はそのお金を肩代わりし、マウントを取り私に再度妹の奨学金を請求してきました。


冗談ではないこれ以上この人達の世話をしていては自分は結婚はおろか通常の生活をすることもできない。そう思った私は怒りを母親にぶつけ連絡を断ちます。育ててもらったとはいえ無心をされる覚えはないし奨学金は自分もあるし付き合いきれないと思ったためです。


この時妹は結婚をします、母親はそれに大層喜び奨学金の返済をさらに催促するようになります。連絡を経っているにもかかわらず永遠に請求してきます。


のらりくらりとかわしながら私も結婚をしようという女性が現れました。

その事を親に伝えると妹の奨学金と以前建て替えたお金を返さなければ結婚はさせない。返すのなら会ってやってもいいと祝いの言葉より先に発しました。


お世話になったからと、一生懸命働き楽させようとお金を入れていましたがなぜか私が悪者になってしまっていたのです。


ここで完全に堪忍袋の尾が切れ、母親とその暴挙に甘える妹の絶縁を決心しました。


これが私の話。

毎日考えてしまいます。

私がおかしいのだろうかと周りの人はおかしくないと言ってくれるけれどもずっともやもやしてしまう。

私は払うのが嫌だったわけではない、皆最低限をして欲しかっただけなのに…母親は普通に働けたはずだし、出ていくお金があるのであれば妹は月に少しでもお金をいれれたはず、ちゃんと仕事が見つかったら引越し代だって考えていなかったわけではないです。


みんながみんな嘘をついて自分に都合のいい環境を作ろうとした結果こうなっている。

だから私は家族が憎い、でも新しい家族ができようとしている…きちんと振る舞えるだろうか実家のようにならないために努力しないといけない…