いい母。
なろうとも、なりたいとも微塵も思っていないはずが
実はこの重圧をモロに受けていたのだと改めて気づく、EXCEEDの帰り道。
そもそも私がなぜこの玄花Worksを受けたのか。
その動機は、
ありのままに自由に
持って生まれたその才を
存分にあふれさせて生きていって欲しい
という子どもたちへの想い。
凄いことをやってほしいのではなく、
その一方で、
自分が親や家族から受ける影響力の強力さを
ヒシヒシと感じてもいました。
身体のこと、
エネルギーのこと、
意識のことを知れば知るほど。
常識とは
夫婦とは
家族とは
社会とは
お金とは
生きるとは
何か。
その根底を支える無意識に
毎日一緒に過ごす人たちの存在がもたらす影響は多大。
いつのまにか、
「だってソレって普通でしょ?当たり前でしょ?」
と思ってしまっている意識の力。。
子どもに自由に羽ばたけと思うなら、
まず母である自分じゃないのか?
そう思ったのです。
私の場合は
子どもがきっかけになっただけで、
母親になる意義がそこにあるということではありません。
さらに。
“お母さん” であるというだけで
自動的に期待されるものの威力、
これが集合意識であるわけですが、
それが相当のものだということは確かです。
いい○○、なんてそもそも無い。
あなたが思ってる”いい母”
それって誰の基準なの?
そうだよね。
ホントにそうだよね。
玄花workws で紐解かれる
圧倒的な本当。
そこに私のリアリティがある。
ものすっごく楽しいし、
内側から興奮する。
沸きあがる。
だから行くんだな。
新しい命が生まれる度に、
新しい母が誕生し、
それぞれの母の道は始まっている。
人生は自分がリアリティをもつことに彩られていく。
そうだった!
敷かれたレールを走るのは好きじゃない自分を
やっと思い出しました。
母でもありながら生きるこの人生の色鮮やかさが
格段に変わったのを感じています。
玄花さん、一緒にEXCEEDしたみなさん、
ありがとう。
生きるって、楽しいんだね。
