気づきは年齢を重ねれば増えるか減るか。だんだんと頑固になり自分が知っている枠へはめ込みそれ以外は黙殺する、子供の頃は大人は何でも知っているように見え、視野も広くまるで全知全能のような存在でしたがいざ自分が大人になると知らないことばかりで前文で申し上げた堅物になりかけていることに気づく。巻頭の言葉を読み、手前みそになりかけていることに気づく、致知に触れ自分を顧みる行為は何とも言えない爽快感と、人として考え方や行動が中途半端だと突き付けられます。私は十を聞いて一つ良くて二つの事しかわかりません、なので相手が何を伝えたいか表情も参考にして傾聴します。一つしかわからなくとも何度も聞いているうちに一つまた一つといただく量が増えていきます、足りない自分を知っているから取れる行動とも言えます。このような事柄から知識量や経験が分岐していくのでしょうね、冒頭の年齢を重ねればを振り返ると知ることを恐れず自分の考えに凝り固まらない、その為には足りない自分に気づく、シンプルなため忘れがちですね。改めて心に刻めて大変嬉しいです。話は逸れますが、知人に連れ添いとある病院に行きました、土曜ともあり受付や待合室にはたくさんの人々がいました。知人が受付をしていたため通路の隅でいろいろな人がいるな、と思っていると案内カウンーの方に大丈夫ですかと声をかけていただきました、こんなに人がいるにもかかわらず声をかけていただいたことに驚きました。人がたくさんいて忙しいはずなのに周りに目配り気配りされているんだなと、関心しました、その方だけかもしれませんし私が不審者と思われただけかもしれませんが目配り気配りは仕事中私も真似しなくてはと思いました。案内待ちになり、知人が案内カウンターで待ち時間を聞いたところ相当の人が順番待ちをしているらしくまだまだかかるとのことで院内の喫茶店でモーニングをいただいていました、さてモーニング待ちだと思っていたら先程の案内の方が喫茶店まで来られて順番が来たことを教えてくれました。これまたびっくりです、ここまでしてくれるのかと、受付に表れない人は順番を飛ばされ後回しになってもしょうがないと思っていましたからこの係の方の行動は改めて気遣いがすごいと思ったのと申し訳ない気持ちになりました。無事全て終わりましたが最近では歯医者以外大きな病院にはご縁がなく、改めて色々な人が働き、色々な人が通っているんだなと当たり前のことを改めて再認識しました。頭ではわかっていても実際現場を見なくては、経験しなくてはならないとも思い、行動し現場に赴く意義も再認識しました。これも気付きですね。