「どう?うまくいってる?」
「あ、お疲れ様です」
昼休み、会社のテラスでお弁当を開いた瞬間に隣に櫻井さんが座った。
声をかけられる前に誰が来たのか分かっちゃった自分になんとも言えない気持ちになったけど、当たり前のように隣に座ってくれたことが嬉しくて、思わずにやけそうになる。
「.......なんとかやってます。あの.......櫻井さん、ちゃんと野菜食べてます?」
「え?.......あ.......バレた?」
コンビニの袋からおにぎりと蕎麦の弁当とを取りだして、眉毛をへにゃって下げて困った顔で笑う櫻井さんに自分の弁当を差し出した。
「よかったら交換しません?これ、まだ箸つけてないんで」
「え、いいよいいよ。悪いって」
「昨日の夜からずっと同じの食ってるんで、違うの食べられたら俺も嬉しいんです。しかも、蕎麦と明太子のおにぎりって、俺、超好きなやつ!」
「え?ほんと?マジで?いいの???」
うんうんと無言で頷いて、櫻井さんと弁当を交換して、パックに入った麺つゆをこぼさないように気をつけながらカップに移す。
「櫻井さんも忙しそうですね」
「なんか無駄にあっち行ったりこっち行ったりさせられてる気がすんだよなぁ」
『うま!』って、俺の作った弁当に幸せそうな顔をして櫻井さんが笑うから、俺の心はほわんってあったかくなる。
「今日もどっか行くんですか?」
「いや.......今日は久々に社内のみ。雅紀は?」
「俺はこのあとすぐ出て打ち合わせです。今日はSAKURAさんが夕方に外せない用事があるからって.......」
「そっか.......」
『久しぶりに飲みに行きません?』って、言っちゃえよ!って思ったのに、俺の口からその言葉が出ることはなくて。
「客先からの評判がすごくいいって聞いてるよ」
「ほんとですか?」
「だから言ってんだろ、雅紀はすげぇんだって」
「それ言ってくれんの、櫻井さんだけですもん」
「そんな事ねぇって」
しばらく待ってみても、櫻井さんから『久しぶりに飲みに行こうか?』って、誘われる事もなくて.......
何を期待してるんだろって視線を落とした時に見えた櫻井さんの左手にびっくりして『あ!』ってでかい声が出た。
「なに?!」
「あ、ごめんなさい。櫻井さん.......指輪」
「指輪?」
「それ、SAKURAさんのですよね?」
櫻井さんが不思議そうに左手を挙げる。
「あー、うん。確か、そう。指輪とかは奥さんに任せっきりだったから.......っていうか、よく分かるな、お前」
「SAKURAさんのところで見たのに似てるなぁって思って.......それに、桜の模様ついてたし.......」
そう言いながら、なんとも言えない焦燥感に襲われる。
「今日さ.......奥さんと話し合いなんだ」
「.......え.......」
指輪を優しい目で眺めながらぽつりと呟いた櫻井さんに、どくんって心臓が嫌な音を立てて、背中に汗がふきだした。
「ようやく、最終決着、かな.......」
「.......そう、ですか.......」
心臓の音がどんどん大きくなって、手が震えそうになる。
あとひと口分しか残っていない蕎麦を口に入れたけど、味なんかしなくて、蕎麦なのに飲み込めなくて、もぐもぐと必死に口を動かした。
『最終決着』って、どっちなんだろ。
俺は、どうしたいんだろ。
.......もし、櫻井さんが独りになったら?
それでも、この関係が変わることを期待なんてしちゃいけないってわかってるけど.......
「あー!美味かった!やっぱ、雅紀のメシは最強だな!これで午後も夜も頑張れるわ!
お互い、ひと段落したら飲み行こうぜ」
「.......はいっっっ!!!!!」
急に飛びだした『次』の約束に、慌てて蕎麦を飲み込んで返事をした。