さっきのは、なんだったんだろう……
湯船に沈みながら、夢だったらしき記憶を手繰り寄せる。
「『ボクは誰でしょう?』か……」
誰か、なんて分かるわけがない。
ただ、そう聞いてくるのだから、ある程度近しい人物なのだろうという予測はつく。
ネット上では姿は見えないから、誰かになりすますことだって、難しいことではない。
……あぁ、そうか。
データさえ揃えば、『本人』になることも可能なのか。
その危険性は理解しているつもりではあったけれど、実際その危険が近づいてみないと実感なんてわかないもんだな、と苦笑する。
『tempest』が俺の情報を集めているのは、ほぼ間違いないとして……まぁ、俺になりすましたところで何かメリットがあるとは思えないけど。
その目的が、俺が慌てるのを見て楽しむ……って事だったとしても、『なりすまし』の被害は想定内だから、残念ながらその期待には応えられないなぁ、と呟いて笑った。
「あ、コップとポット、借りました」
頭をタオルで拭きながらリビングに戻ったら、ウチで唯一使われている食器と言っても過言ではない 見慣れたマグカップを手にした相葉くんが俺を見上げた。
「奥にもっとキレイなコップあったろ」
「こっちがよかったんだもん」
何故か楽しそうに笑った相葉くんが、マグカップに口をつけて笑う。
「ビール、飲んでいい?」
「俺に確認する必要、なくない?あ!さっき買ってきたポテチ食べようよ」
焼肉も死ぬほど食って、どデカいパフェまで食べたのにまだ食べんのかって、ダイニングテーブルに置いた買い物袋を取りに来た相葉くんをじっと見つめた。
腰なんて、両手で掴んだら指が届くんじゃないかってくらい細いのに、食べたものはどこに消えてるんだろ。
俺の視線に気づいた相葉くんが振り返って、笑う。
「俺、櫻井さんならいいよ」
缶ビールを取り出して、プルタブを開けた瞬間に聞こえた声に、慌てて冷蔵庫を閉めて振り返る。
「え?なに?」
「櫻井さんならいいよって、言ったの」
「……俺なら?」
なんの話の続きなんだろう?と考えながらビールを喉に流した俺の横で、相葉くんがばりっとポテトチップスの袋を開けた。
「櫻井さんってさ、モテるのに彼女いないタイプでしょ?」
「は?」
眉をひそめて相葉くんを見た俺を見て、ポテトチップスの袋を持ったまま、くふふふふと楽しそうに笑う。
「ねぇ、なんで俺のこと泊めてくれたの?」
「なんでって……」
「なんで心配してくれたの?」
コロコロ話題も表情も変わる相葉くんに少し面食らいながら、なんで俺は相葉くんを家に連れてきたんだろうと自問する。
納得のいく答えが出せないまま、またビールを口に含んだ。
「さとちゃんのいとこだから?」
「……うん。まぁ……そう……」
「さとちゃんのいとこだから、何かあったら困るし、さとちゃんのいとこだから、俺は信用するに足る人物って判断したってこと?それって、危なくない?」
相葉くんが何を言おうとしているのかを図りかねて、飲みかけのビールをテーブルの上に置いた。
「じゃあ、相葉くんは、なんで俺についてきたの?」
「さとちゃんの仲間だから……じゃない?」
指についたポテトチップスの塩をぺろりと舐めて、大人びた顔で笑う。
「そしたら、お互い様だろ」
「その基準は疑わないんだ?」
「は?」
『その基準』は、『智くんのいとこだから』ってこと?
信頼している仲間の信頼している人を疑う理由なんて、俺にはない。
「櫻井さんて、緩いのかカタイのかわかんないね」
「相葉くんが何を言いたいのかは理解したけど、そういうところ込みで、相葉くんは信用してもいい人だと思うよ」
「くふふ。やっぱ、くそ真面目」
また相葉くんの表情が、ころりと変わる。
イマドキの高校生って、なに考えてんのかわかんねぇな、と思いながら、笑顔の相葉くんに差し出されたポテトチップスを受け取って、口に放り込んだ。