こんだけの量のコマンドをいつの間に書き換えたんだ?
潤の書いたレポートを目で追いながら、昨日の相葉くんの様子を思い出す。
智くんが呼び出されたのは午前中だったから、アタック開始はその前。
表に出ていないものがあるということは、うちのセキュリティソフトの解除方法も既にインプットされているはずで……なのに、わざわざここのセキュリティを解除しなかったのには、何か意味があるんだろうか……
並んだコマンドのタイムスタンプを見て、思わず唸った。
これが相葉くんだとしたら、どうやって?
ニノに頼まれたチェックの仕事をしながら、この量のコマンドを入力したのか?
コマンドだけじゃない。
プロテクトを解除して、プログラムを読み込んで……
いや、それ以前にこの短時間でどうやってここまでたどり着いたのか……
「ね、すごいっしょ?」
「ニノ……」
いつの間にか仮眠を終えたニノが戻ってきて、俺の後ろに立っていた。
「こんだけの才能、無駄に使われてちゃ勿体ないんだよね」
「……相葉くんには無理だろ?」
「問題はそこなんだよねぇ」
子供みたいな丸い手で、ニノがゴシゴシと顔を擦る。
「ここで仕事しながら、あんだけの量をやるって……仕事もちゃんと出来てたんだろ?」
「うん、まぁ……そうなんだけどさ。タイムスタンプなんてどうにでもなるし、ある程度予習しとけばどうにかなるかんじゃないかなぁ」
「どうしても相葉くんだって思いたい理由でもあんの?」
「そう言われちゃうと、なんとも言えないんだけどさ」
ニノがちらりとドアの方を向いて口を噤む。
智くんと相葉くんがエレベーターから降りてくるのが見えて、ニノが無言で俺の背中をぽんと叩いてから自分の席へ戻った。
「おはよー。翔くん、今朝は急にごめんね。昨日は雅紀がお世話になりました」
「いや……俺は何もしてないから」
智くんの後ろからひょこっと顔を出した相葉くんが、ぺこりとお辞儀をしてから自分の席へ向かう。
「相葉くん、昨日の続きよろしくね」
ファイルを差し出しながらそう声をかけたニノに、『はい』と短く返事をして、相葉くんがマシンを立ち上げる。
どこにも、おかしい所なんてないはずだ。
相葉くんは智くんのいとこで
『tempest』と『神』は凄腕のハッカーで
相葉くんはご両親が旅行中で、学校も休みだから智くんのところに遊びに来ていて
『tempest』が侵入したところからウチに調査の依頼があって
ニノが撒いた餌に『tempest』が喰い付いて
たまたま、相葉くんとふたりで飯に行くことになって
『tempest』と『神』は同一人物なのかも分からないし、ましてやそれが、相葉くんだなんて……
『ボクは誰でしょう?』
画面に浮かんだ文字。
『その基準は疑わないんだ?』
耳に残った相葉くんの声。
何か、見落としているのか?
いや、そんなことは無いはずだ。
潤のレポートにいくつか注釈を入れてから、メモリスティックを取り外して立ち上がる。
潤のデスクに向かいながら、相葉くんの方をちらりと見た。
少し前かがみになって、右手でマウスを動かしながら画面を見つめている。
やっぱり、変なところなんてない……よな?
「潤、これ、何個か注釈入れた」
「ありがと。すごかったっしょ?」
無言で首を縦に振る俺を満足そうに眺めてから、メモリスティックを受け取った潤が、智くんを呼んで会議室に消えていく。
自分の席に戻ろうと振り返ったら、ディスプレイ越しに相葉くんと目が合った。
「なんかわかんないこと、ある?」
「あ、いえ……あ、でも……」
「なに?」
「櫻井さん、お昼付き合ってもらえませんか?」
「え?昼?別に……いいけど」
「ほんとに?よかったー」
くふふ、と嬉しそうに笑う相葉くんの向こうで、頬杖をついてこっちを見ていたニノが、にやりと笑った。