「櫻井さん、酒くさーい」
俺の胸を突き飛ばすようにして押して、あっという間に俺から離れて、定位置のテレビの前に座る。
「へー、高速で初めて自動運転のテスト走行だってさ」
「自動運転なんて、俺は嫌だけどな」
冷蔵庫からミネラルウォーターのペットボトルを取り出して、一気に半分くらいを喉に流し込んだ。
「なんで?楽ちんでいいじゃん?ココ行きたいって言ったら勝手に連れて行ってもらえるんだよ?」
こちらを振り返った相葉くんが、楽しそうに笑う。
「機械なんて信用できるかよ。それに……」
「ネットワークで繋がってたら、操作したい放題なんだけどなぁ」
「ほら、そういう奴がいるだろ?それにもっと悪いことを企む奴らだっているんだよ、絶対」
「そりゃそうだよ。全部思いどおりになるんだもん。楽しいに決まってるじゃん」
「楽しくねぇよ。なんでも思いどおりなんてつまんねぇだろ?」
また水をひと口飲んでから、相葉くんの隣に座る。
「けどさ、もっともっとネットに頼る世の中になったらさ、もっともっとセキュリティもしっかりしなきゃじゃん?
仕事が増えるから『DOORS』にとったらいい事なんじゃないの?
お偉いさんたち、なんもわかってないじゃん」
「わかってない方がいいんだよ。そうじゃないと交渉しづらいし……まぁ、世界屈指のエリートハッカーを抱える当社に敵う相手はいないと存じますが?」
「うっわ、なんかすんごいいやらしい営業マンがいる」
「俺が役に立つことっていったら、交渉術くらいだからな」
『Wizard』と呼ばれていた智くんと
『Joker』と呼ばれていたニノと
『tempest』と呼ばれる相葉くん
WizardとJokerは、10年くらい前に謎の凄腕ハッカーってテレビで取りあげられていて、当時はやたらとハッカーを扱った映画やドラマが盛り上がっていた。
そんな人たちが身近にいたなんて、俺は何年も全くなにも知らずに過ごしていた訳だけど。
そして、国からサイバー犯罪対策として、その3人の天才ハッカーとのやり取りを一任されている公安警察の潤。こっちもエリート中のエリートと言えるヤツだ。
「俺は、なんなんだろうなぁ……」
会社には優秀な営業マンも必要だからだとかなんとか、無理やり自分に思い込ませてみたりしたものの、なんでこのメンバーの中に俺がいるんだ?って……考えれば考えるほど分からない。
「櫻井さんは、『キーストーン』なんだよ」
俺の手からペットボトルを取った相葉くんが大人びた顔で笑うから、少し身を捩って相葉くんに近づいた。
「ねぇ、酒くさいの嫌なんだけど」
「そう?」
ちょっと身を引いた相葉くんに、また少し近寄る。
「けど、櫻井さんのキスは嫌いじゃないよ」
「そういう時は『好き』って言うんだよ」
「思い通りになるなんて、つまんないんでしょ?」
くふふと笑ってから近づく柔らかな唇をそっと食んで、離れる。
「なぁ、俺が『キーストーン』って、どういう事?」
キーストーン。
要石。
それがないと、構造全体が崩壊するもの。
「櫻井さんみたいな石頭がいるから、全部デジタルで終わらなくなるんだよ」
「……馬鹿にされてるような気がしてならないけど……」
「バカにしてないよ。じゃなきゃ俺、ここに居ない」
ペットボトルについた水滴を親指で拭いながら、相葉くんがぽつりと呟く。
その手からペットボトルを取り上げた。
ペットボトルを追って視線を上げた相葉くんの黒目がちな瞳を覗き込むように見つめる。
「相葉くんさ……いい加減、諦めたら?」
「そっちこそ」
「俺は最初から変わってないよ」
「そう?」
「相葉くんもさ、結局デジタルでなんでもは出来ないって事くらい最初から分かってんだろ?早く認めて諦めろって」
「……ほんと、櫻井さんってムカつく」
言葉とは裏腹に、相葉くんがふわりと笑って俺に近づく。
少し遠慮がちに重なった唇が離れる前に、後頭部に手を回して、もう一度ゆっくりと引き寄せた。
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