「ねぇちょっと。そんな辛気臭い顔で目の前に座んないでよ」
「何その言い方ー!お客さんに対して失礼じゃん」
「まーくんは、客じゃないでしょ。カウンターのど真ん中にそんな暗い顔してため息ばっかりついている奴がいたら、他の人、座れないじゃない」
「いいじゃん。他の人って言ったって、どうせおーちゃんしかいないじゃん」
「お前が言うなや」
ぺちん!と俺の頭をひっぱたいた かずが『今日はもういいや』って、店のドアを開けて『OPEN』と書いてある札を引っ込めた。
「かず、本当に商売っ気ないよね」
「うん。だって趣味だもん」
幼なじみの かずが趣味ではじめたコーヒーショップは、本当に趣味でやってるからって、営業時間はかなりアバウト。だから常連客って言えるのは、高校の先輩でかずの店の近くに住んでるグラフィックデザイナーのおーちゃんと俺くらい。
コーヒーのいい匂いが漂ってきて、カウンターに突っ伏した俺の近くにコトンって小さな音がして俺専用のマグカップが置かれる。
「まーくん、本当にどうしたのよ。この間の出張でなんかやらかした?」
「なんだよ、それ。俺、これでも結構仕事できる方なんだぞ?」
「相葉ちゃん、努力家だもんなぁ」
おーちゃんとコーヒーで『乾杯』ってして、マグカップを口につけた。
「仕事じゃないなら……またふられた?」
「ふられてもいねぇっての。っていうか『また』 ってなんだよ、『また』って」
「だって、アナタ、昔から告られて付き合うのに、結局いつも『思ってたのと違った』とかって振られてるじゃない」
「『思ってたのと違った』かぁ……」
櫻井さんも、そうなのかなってマグカップの中にため息をこぼした。
「どうしちゃったの、ほんとに」
自分のマグカップを持った かずが、おーちゃんとは反対側の俺の隣に座る。
かずは昔から、俺のことなんてなんでもお見通しで……だから、かずに隠し事なんてしたことはないんだけど。
さすがに今度のことは、話すのを少し躊躇う。
だけど、ちらりと横目で俺を見る茶色い瞳が、心底俺を心配してくれてるってわかるから……
「……ねぇ、不倫ってさ、男どうしでも不倫なのかな」
「はぁ?!」
ぽつりと呟いた言葉に、かずが叫んで、おーちゃんが半分椅子から落っこちた。
「え?ちょっと、なに???どういうこと?ちゃんと順序立てて話しなさいよ」
「そうだぞ、相葉ちゃん。話が全然見えねぇぞ?」
「いやぁ……どうなのかなって思っただけなんだけど……」
櫻井さんとの出張から帰ってきてからずっと、自分の気持ちに戸惑って、どうしたらいいんだろうってそんなことばっかり考えて……
黙り込んだ俺の顔を覗き込んで、かずが口を開く。
「まーくん、奥さんがいる男の人を好きになっちゃったってこと?」
かずの声に胸がぎゅうって痛くなる。
「……わかんない……」
ダメなんだって思えば思うほど、気持ちが膨らんでいくようで
違うって否定しようとすればするほど、そうなんだって肯定されているようで
「そっか……」
「自分でコントロール出来るもんじゃないもんな」
両側からぽんって肩を優しく叩かれて、ため息と一緒にコーヒーを飲み込んだ。